Windows10 April 2018 Update (1803) インストール時のバグ

 Windows10の大型アップデート「April 2018 Update」がインストールできない不具合が起こった。

 既にほかの方が書いたブログ等もあり,参考にさせてもらったが,備忘録として書いておく。

 

 インストールが49%まで来たところで,「これらのアプリをアンインストールできませんでした」というメッセージが出て進まなくなってしまうというものだ。

 「これらのアプリを自分で削除してから、[最新の状態に更新]を選ぶ必要があります。」

 「これらのプログラムはアップグレードと互換性がないため、アンインストールする必要があります。」

 とあって,「・DVD-RAM Driver Software/BD Driver Software」が6つ。

 

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 DVD-RAMにしてもBDにしても,内蔵のドライブが1台しかついてないのだから,6つも出るのは変なのだが,とにかくDVD/BDドライブのドライバの問題だろうと思い,いきなりドライバを削除してみるのも怖いので,メーカーに問い合わせた。

 しかし,原因も対処方法も分からないが,ドライバやソフトウェアが最新の状態になっているか?とか(当然やっている),こちらからするとピントのはずれた解答しかなく,おそるおそるドライバを削除してみるが,一向に改善せず。

 もう一度メーカーに問い合わせたが,ディスククリーンアップをしてみろといった解答だけで,やってみても変わらず,諦めてインターネットで検索してみると,昨年のアップデート1709のときも同様の不具合が出ており(今年買ったパソコンなので,1709はインストールしていない),DVD-RAM」という文字列がファイル名に入っているものがPC内にあると起きるという笑っちゃうようなことが書いてあり,まさかと思いつつPC内を検索してみると,確かにファイル名の中に「DVD-RAM」という文字列の入ったファイルがいくつか見つかった。

 しかし,PDFファイルとラベルマイティのデータファイルで,システムとは全く関係のないファイルだったので,騙されたと思って,これらのファイルを削除したり一旦待避させたりしてPCから見えない状態にしてアップデートをやってみると,何の問題もなくアップデートが完了してしまった。

 これは完全にMicrosoftのバグと言っていいだろう。

 あほみたいなバグで腹が立ってしょうがないが,1709のときに既に分かっていて,1803でも起きることを指摘している人がいる状態なのに,何の対応もしないMicrosoftと,バグを把握していないメーカーには呆れてしまった。

 おかげで随分時間を無駄にしてしまった。

 

 

レコード芸術は大丈夫か?

 このところ,「レコード芸術」を読んでいると,すぐに分かるような誤字・脱字,人名の不統一,記載内容の誤りなどがやたらと目立つ。そもそもの原稿が間違っているということもあるのだろうが,編集段階での校正が不十分なためではないかと思う。

 

 一々メモしていないのであるが,2018年6月号で気が付いたところを幾つか挙げてみる。

 まずは84~85ページの増田良介氏のゲルギエフによるプロコフィエフ全集の記事がものすごく酷い

①84ページの1段目に「協奏曲7曲」とあるが,ピアノ協奏曲5曲,ヴァイオリン協奏曲2曲,交響的協奏曲の計8曲である。

②《イヴァン雷帝》の語りを務めているアレクセイ・ペトレンコについて,85ページの1段目に「アレクセイ・ペトレンコ(1938~2016)」とあり,続いて「この演奏のときペトレンコは78歳だったが・・・ペトレンコはこの翌年に亡くなった」と書いてあるが,「この演奏」は2016年なので,矛盾しており,どちらかが間違っている。

③85ページの3段目に「第4番は長い改訂稿だけ・・・が演奏されている」とあるが,その後に「第4番はこのセットと同じく初稿のみだった」とまた矛盾したことが書いてある。どちらが本当かこの文章だけでは分からないが,タワーレコードのホームページを見ると,作品47の方とあるので,「短い方の初稿だけ」が演奏されているというのが正しいようだ。

④同じく85ページの3段目に「ロンドン響と録音した全集では・・・ボーナス・トラックとして第7番の初稿エンディングを収めていた」とあるが,ボーナス・トラックとして日本盤にのみ収録されていたのは,改訂版の方である。

 1つの記事の中で,ざっと読んでこれだけの間違いがあるというのは,信じられない。しかも,①~③は何の予備知識なしにこの文章だけ読んでも間違いに気付くものである。おそらく,全部増田氏の原稿が間違っていたのだと思うが,校正の段階で気付いていいものだ。ほかにも気付かない間違いがあるかもしれないと思うと,安心して読めない。

 増田氏は最近レコード芸術での原稿量が急激に増えている評論家の一人だ。やっつけ仕事になっているのかもしれない。

 

 もう一つ,別のページの例だが,32ページでは,本文では「ワインガルトナー」と,ディスク紹介のところでは「ヴァインガルトナー」となっている。これまで,レコード芸術で「ヴァインガルトナー」という表記はなかったと思う。筆者の芳岡氏がヴァインガルトナーと書いていたのかどうか分からないが,完全な校正漏れだろう。

 最近,この手の間違いが非常に多い。これまで見付けたのは,別ページの記事同士,しかもまだカナ表記が定まっていないような演奏家ばかりだったと思うが,ワインガルトナーのような有名演奏家で,しかも同一ページでこのような不統一が起きるというのは,深刻だ。

 

 ほかにも,校正の問題でないが,よく見られるのは,特集ページで必ず出てくる名盤紹介のページ(いろんな評論家の推薦盤に,短いコメントが付くスタイル)で,本文で別な評論家が書いているのと同じことを能書きとして言い訳のようにダラダラ書いて,どんな演奏かほとんど書いてないものがある。読んでいてうんざりするのだが,こういうのは編集者が書き直させるべきだろう。

 こういう,特集の中で評論家が勧める名盤を数ページにわたってならべるというスタイルは,レコード芸術でよく見られるものだが,はっきり言って読むのがしんどい。やめてほしい。ああいうのは,考えた方がいいと思う。情報量も少なく,うんざりする。

 

 以前も書いたが,昔に比べて値段がすごく上がっているのにページ数はずっと減っている。それなのに間違いが増えているというのは,(手書きで入稿する人も減っているだろうに)ゆゆしき事態だ。編集部の人員が減らされているのだろうか。

 発行部数がどうなっているのか知らないが,読者は減る一方なのではないか。

 新しい読者を集めないと,ますます酷いことになると思う。もっと初心者でもとっつきやすい記事を入れるべきではないか。ちょっとした雑学的なものとか。有名なエピソードでも,意外と知らないことも多いものだ。

 あるいは,ちょっとマニアックではあるが,5月号の「レコード誕生物語」のジャクリーヌ・デュ・プレエルガー:チェロ協奏曲の記事はよかった。藤野竣介氏は,三浦淳史さんの後継者たり得る人のように思う。これからも,曲・作曲者・演奏家に対する愛にあふれた記事をお願いしたい。

 あとは,下田幸二氏の「ピアノ名曲解体新書」も好きで,単行本化してほしいと思うが,このところ取り上げる曲がややマイナーなものばかりになってきているのが残念であり心配。有名曲でも取り上げていないものがまだまだあるはずなので,バランスを取って曲選びをしてほしい。

 

 

ネルソンス指揮ウィーン・フィルのベートーヴェン《田園》

 MUSICBIRDのTHE CLASSICで,2017年3月23日にアンドリス・ネルソンスウィーン・フィルを指揮した演奏会が放送された(4月22日)。

 曲は,ドヴォルザークのチェロ協奏曲(独奏:アマーシュ・ヴァルガ)とベートーヴェン交響曲第6番《田園》。ほかに,ヴァルガによるアンコールも放送された。

 

 《田園》は,現在進行中のベートーヴェン交響曲全集録音の一環で,先に第3番《英雄》が演奏されており,2曲目となる。

 《英雄》については以前書いたが,全然いいとは思わなかった。

 

 今回の《田園》は,《英雄》に比べるとかなりオーソドックスな演奏で,要は特徴のないのが特徴の演奏だった。特にピリオド奏法を意識したような感じはなく,尖ったところのない穏やかな演奏に終始していたように思う。また,驚いたのは,第1楽章のリピートを省略していたこと。今どきかなり珍しい。一方,第3楽章はリピートをしていた。

 最近のネルソンスは,ブルックナーの演奏などで顕著なようだが,柔らかい響きを志向しているようで,中・低域を重視した響きをつくろうとしているように思う。いわゆるドイツ風のピラミッド型というのとも違うようで,高域が羽ばたかず,メロディーを重視しないので,もやもやしている。高域のメロディーが聴き取りにくいことが多い。

 そのため,どうにも欲求不満になる。特に,ウィーン・フィルは,ヴァイオリンなどの高音がゾッとするような美音を出すのにゾクゾクさせられるので,その辺が抑えられているのが不満。

 

 初めから期待してないのでいいが,せっかくウィーン・フィルとやるなら,もっと違った表現をしてくれたらなと思う。

 それと,確かこのチクルスは4年で完成させるということだが,《英雄》と《田園》でこれだけアプローチが違うと,最終的にどんな全集になるのか,心配だ。

 最近だと,ブロムシュテットが一本筋の通った全集を作ったが,それとは随分違った趣になりそう。

 そうだとすると,全集として一気にリリースするより,1枚ずつ出していった方が,変わりようが分かっていいのではないかと思う。

 

 

いいたて村の道の駅までい館の新メニュー「しょうゆラーメン」を食べてみた

 久しぶりに,飯舘村にある「いいたて村の道の駅までい館」に行ってみると,軽食コーナーに新メニュー「しょうゆラーメン」750円があったので,早速食べてみた。

 メニューの所には,「あっさりスープにもちもち麺」との説明が。写真では,ごく普通の醤油ラーメンで,ネギ,ほうれん草(少々),メンマ(少々),チャーシュー(小さめ),なると,海苔が載っているだけ。麺がよく見える。

 ということで,これで750円とは相当食材に凝った高級ラーメンに違いないと思い,期待して注文し,待つことしばし。

 

 が,残念ながら,出てきたラーメンは,何の特徴もない,ただの醤油ラーメンだった。一言で言うと,安っぽい。昔のドライブインとかで出てきそうな麺にスープ。これで750円払ったら,みんな怒るんじゃないか。

 幸楽苑の一番安いラーメンの方がはるかにまし。

 

 何でも高いので有名なまでい館ですが,山の中の観光地じゃないんだし,世間の常識に合わせないとヤバいのではないかと心配になる。

 

 どうせなら,あと50円出して長崎ちゃんぽんを食べるのをお勧めする

 

公共施設のネーミングライツなんてもうやめるべき

 福島市の3つの公共施設で募集していたネーミングライツの契約相手と愛称が決まったのだという。

 桜木町にある「福島市児童公園」が「ふくしま児童公園SFCももりんパーク」に,山田(大森城山の南)にある「福島市パークゴルフ場」が「NCVふくしまパークゴルフ場」に,建設中の体育館・武道館が「NCVふくしまアリーナ」になるのだという。

 市役所には苦情の電話が殺到しているのではないか。

 

 特に,児童公園は開園して60年以上経つ施設で,福島市内で「児童公園」といえばここのこと,というくらい,長い間市民に愛されてきた施設だ。

 おそらく,これからも,誰も「ももりんパーク」なんていう呼び方はしないだろうし,まして「SFC」なんていう名前は誰の口からも出ないだろう。

 しかも,ネーミングライツを取得したエスエフシー(株)というのは,現在の児童公園の指定管理者なのだという。おそらく,児童公園の運営は赤字だと思う。何せ,乗り物は全て50円か100円なのだ。冬場は極端に利用者が少なくなる。黒字経営ができるわけがなく,その分は市から指定管理委託料として支払われているはず。そんな会社が,年間200万円を払ってネーミングライツを取得するというのはおかしくないか。エスエフシーの詳しいことは分からないが,一応,ネーミングライツ料は市からの委託料とは関係なく,会社のもうけから出しているということになるのだろうが,釈然とはしない。

 それに,名前が変わればパンフレットから何から全部変える必要があるが,そのお金は市とエスエフシーのどちらが負担するのだろう。エスエフシーが負担するとしても,結局は指定管理委託料に上乗せされる可能性がある。それでは,巡り巡ってエスエフシーの宣伝に税金が使われるだけ,ということになる。

 きちんと調べないと分からない話だが,市会議員なり,オンブズマンなり,調査できる人には,徹底的に調べてほしい。

 

 パークゴルフ場はよく分からないが,体育館と武道場は新しくできる施設なので,こちらもインパクトは大きい。市民が何と呼ぶようになるか分からないが,「NCV」なんていう名前を言う人はまずいないだろう。5年間の契約だというが,その後この会社が手を引いたら,呼び方に困るのは福島市民だ。

 

 福島市内の公共施設でネーミングライツによりおかしな名前に変わったのでよく知られているのは,県文化センターと県営あづま球場だろう。

 どちらも,地元の銀行である東邦銀行ネーミングライツを取得し,それぞれ「とうほう・みんなの文化センター」,「とうほう・みんなのスタジアム」という「愛称」になっている。しかし,こんな恥ずかしい名前で呼ぶ県民は,いない。センスがなさすぎる。金で名前を買った連中に,「みんなの」なんて言われたくない。

 マスコミにしてもそうで,今回,東京オリンピックの会場になったことから大規模改修されることになったが,新聞等を見ても,ほとんどの記事で「とうほう・みんなのスタジアム」なんていう名前は出てこない。「県営あづま球場」としか出てこない

 ネーミングライツなんて,無駄に混乱させているだけで,何の意味もないという証拠である。

 東邦銀行の顧客からすれば,そんなのに金を使うくらいなら,預金金利を上げるなり,貸出金利を下げろ,と思う。

 住民からすれば,自分たちの伝統ある大事な施設におかしな名前をつけやがって,となる。

 ネーミングライツを取得して,愛称に会社の名前を入れても,企業イメージのアップにはつながらないと思う

 

 何にしても名前というのは大事なもので,目先の金に目がくらんで魂を売るようなことをすべきではないと思う。

 仙台の宮城球場だって,コボスタの愛称がやっと定着してきたと思ったところで急に変更になり,騒ぎになったばかりだ。

 もう,いい加減こういうドタバタが起きるようなことはやめるべきではないか。名前がコロコロ変わって迷惑するのは,住民である

 

 福島市の今回の3件について言えば,おそらくは小林前市長のときにやることが決まっていたことだと思うが,特に児童公園については,木幡市政の汚点として長く残ることになりかねない。「結局,よそ者だからな」と。小林前市長もよそ者だったわけだが。

 今回の契約は途中で打ち切れないだろうが,木幡市長の英断により,2年後はネーミングライツをやめることを期待したい

 

 

我が町バンザイ

 古いカセットテープを整理していたら,1985年頃にラジオ福島でやっていた「我が町バンザイ」という番組のテープが出てきた。

 その頃,中学生を中心にかなり流行った番組なので,覚えている人も多いと思う。

 

 いつから聞き始めたか覚えていない(最初からではない)が,1984年10月8日から,東北六県のAMラジオ各局で放送が始まった番組で,終了時期は不明だが,残っていたテープでは,1986年夏頃のものが一番新しく,おそらくそれから1~2年以内くらいに終了していたのではないかと思う。

 毎週月曜日から金曜日の午後9時50分から10分間の番組で,リスナーが自分の住んでいる市町村の自慢話を書いて送り,それを読むというスタイルの番組だった。自慢話でなく,どこかの市町村の悪口を書いてよこす場合も多く,今だったらとても放送できないなという内容もあった。

 大塚製薬の提供で,いい内容だと「カ~ロリーメイト」というジングルが出て,ブロックタイプ6箱またはドリンクタイプ6缶がもらえ,さらに「バンザ~イ」などのジングルも出ると,TシャツやBパック(?)などももらえた。後からは週1回の「ポカリデー」もできて,その日は「ポカリスエ~ット~」のジングルが出るとポカリスエットが6缶もらえた。

 

 ラジオ福島のパーソナリティーは,福島市で活躍(?)していたバンド「弁慶と牛若丸」のリーダー高橋雅仁さんで,独特の語り口が人気だった。ほかの5県のパーソナリティーは,みなラジオ放送関係者らしく,AM放送のアナウンサーっぽい喋りで,高橋さんだけが非常に浮いていた。というか,福島県民からすると,ほかの5県の方が変だったわけだが。

 思うのだが,なぜAMラジオのアナウンサーというのはああいう独特の声を出すのだろう。ちょっと鼻にかかったような,不思議な発声をする。おそらく,ノイズの多いAMでもよく聞き取れるように編み出された発声方法なのだろう。ちょっと違うが,昔の車掌さんのようだ。なので,ラジオ放送じゃないところでAMラジオアナウンサー出身の方の話を聞くと,非常に違和感を感じてしまう。

 そんな人たちが,発声はAMラジオなのに,それぞれのお国なまりでしゃべるので,ますます違和感が大きかった。それに対して高橋さんの喋りはよかった。

 

 テーマソングは,弁慶と牛若丸の「ふる里ふくしま」という歌。これが,1985年8月からリニューアルされて雰囲気が随分変わってしまい,とってもがっかりしたものである。絶対古い方がよかった!どこかで古い方だけでいいから音源が手に入らないだろうか。

 最近YouTubeで,震災後に弁慶と牛若丸がこの歌を歌っている姿を見つけ,お元気そうでとてもうれしかった。

 このバンドは,高橋さんの3歳下の弟の剛さんと2人でやっているバンドで,1985年と1986年に開かれたファンの集いでは,ライブもやっていた。あの当時,結構年が行ってるんだろうなと思ったものだが,高橋さんは30代前半だったという。

 ということは,今は60代半ばだろうか。これからも元気で活躍していただきたい。

 

 そのファンの集いでは,読まれなかったハガキをタイムカプセルに入れて,21世紀になったら開ける,と言っていたのだが,やったのだろうか。その中には自分の出したものも何枚かあったはずなので,すごく気になる。

 

 もう一つ思い出深いものがあった。1985年の夏頃のポカリスエットのCMで,杏里が歌うデジャヴーという歌が使われていた。どうも,レコード化はされなかったらしいのだが,とってもいい歌で,これも何とかならないかなと思っている。何しろ,作詞が泉麻人,作曲が井上大輔。井上さんの作曲が悪いわけがない。音源が残っていたら,ぜひ商品化してほしい。

 

 続く,かもしれない。

 

 

ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート2018が意外によかったという話

 今年のニューイヤー・コンサートはリッカルド・ムーティの指揮だった。

 はっきり言って,何の期待もしていなかった。ムーティは昔から聞いているが,どうもよく分からないからだ。むしろ,ベルリン・フィルとの録音の方がいいものがあったと思っている。モーツァルトのレクイエムとか,ブルックナーの4番とか。

 

 ムーティは5回目ということで,もっと出ているかと思ったが,まだ5回目なのだった。

 録画していたのを暇つぶしに見始めたら,これが予想外にいい演奏だった。

 ムーティの表現に特別何かあるという感じではないのだが,ウィーン・フィルがよかった。久しぶりに,しっかりしたいい音のぎっしり詰まった音がしていた。

 何より,楽団員の表情がよかったと思う。リラックスしていてもダレてなく,ムーティを心から信頼しつつ,音楽に専念している様子が感じられた。

 ゲストのヘーデンボルク・直樹さんが,ムーティの音楽について「気品がある」とおっしゃっていたが,そのとおりだなと思った。こういう言葉をそのとおり素直に感じられることは珍しいのだが,今回はそうだった。

 

 こういうことがあるから,音楽を聴くのは楽しい。