レコード芸術「最終号」 (2)~『レコ芸』で出会ったこの一枚

 最後のレコード芸術を読み終えた。

 違和感でいっぱいだ。

 休刊と言っているが,実質的に廃刊なのはオンライン署名の発起人の方たちの言うとおり。となれば,71年間を総括する記事があって当然だと思うが,何もなかった。

 表紙に「71年間ありがとうございました。」とあるのと,266ページの〔編集部より〕に編集長のごく短いコメントがあるだけ。

 特集2「『レコ芸』で出会ったこの一枚」は休刊を意識した企画のようだが,別に休刊でなくても成立する企画だ(○○周年,でも十分あり得る)。

 あとは,各執筆者が勝手に休刊に触れているだけ。

 196ページにある「休刊のお知らせ」も,5月号から内容は変わっていない。

 

 71年も続き,多くの読者に愛されてきた雑誌を休刊(廃刊)するのに,音楽之友社あるいは編集部が何の総括もしないとは,呆れて物が言えない。執筆者の皆さんも,さぞ残念だろう。

 こんなことだから休刊せざるを得ないのだろう。「休刊お知らせ」に書いてある「近年の当該雑誌を取り巻く大きな状況変化」や「用紙などの原材料費の高騰等」が休刊の本当の理由かは怪しい。

 そもそも,「近年の当該雑誌を取り巻く大きな状況変化」とは何か。具体的な説明が全くない。勝手に想像しろということか。いろいろ想像はできるが,想像に過ぎない。説明しないのは,説明できないので誤魔化しているのだろう。だから71年間の総括すらできないのだ。オンライン署名の発起人の方たちには,その辺をきちんと聞いて明らかにしてほしかった。

 「状況変化」というと,外的な状況のことを言っているように思えるが,それだけではないはずだ。編集部の質の問題,音楽之友社の経営(陣)の問題などもあるのではないか。

 一読者からすると,こうなってしまったことには,何よりも執筆陣の問題があったと思う。吉田秀和宇野功芳,志鳥栄八郎といった人たちの後継者となるような人材を育ててこなかった,育てられなかった。一人一人が蛸壷化して,変にマニアックになってしまい,新しい読者・ファンを育てられなかった。特定の分野の専門家を名乗る人ばかりになってしまった。HIP,古楽,現代音楽,ロシア音楽,フランス音楽,東欧,管楽器,ピアニスト,リヒャルト・シュトラウス,などなど。だから,特集ではそれぞれが好き勝手に書いて統制が取れず,書いてあることが重複したり,言い訳や前置きばかりになったりで,読むのが辛いことが多くなっていた。

 いつか,編集部の言う「大きな状況変化」の内容は明らかになるだろうか。

 

 

 

 さて,特集2にあやかって,自分の「『レコ芸』で出会ったこの一枚」について書いておく。

 思い浮かんだのは,ギル・シャハムのヴァイオリン,ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管弦楽団によるシベリウスチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ドイツ・グラモフォン)だ。このCDの宇野功芳氏の月評を読み,CDを買い,シャハムの大ファンとなってここに至っている。

 宇野氏は,チャイコフスキーについて,「危険を感じさせるほどのうまさで,久しぶりに往年のフーベルマンを思い出した。まさに妖刀の切れ味だ」と書かれており,この「妖刀の切れ味」という言葉で是非とも聴いてみたくなったものだった。

 宇野氏は,チャイコフスキーは絶賛するがシベリウスについては「曲が曲だけに問題なしとしない」として,第3楽章は推薦マークをつけても良いが第1楽章と第2楽章は準推薦としたいと書いている。しかし,CDを聴いて好きになったのはシベリウスの方で,以来,シベリウスのCDの中ではナンバーワンだと思っている。それまでCDを持っていて,聴いていたのは,クレーメルの旧盤だった。あまり面白くなく,曲自体がつまらないのだと思っていたくらいだった。それが,シャハム盤を聴いてこの曲を好きになったのだ。その後も,評判の高いCDはほとんど聴いたが,シャハム盤より好きな演奏は出てきていない。

 宇野氏とは好みの違いが大きいが,このCDに限らず,氏の文章のおかげでその後好きになったCDと出会えたことも多く,感謝している(あまりにこき下ろすので聴いてみたくなったり…)。

 演奏は,まさに宇野氏の書くとおりで,ものすごく巧い。名手と言われる奏者でもありがちな音程の怪しさがなく,ストレスなく聴けるのがよい。そしてまた音が綺麗なのだ。解釈に変なクセもない。ヴァイオリンの音はこうあってほしい,というのがそのままスピーカーから出てくるのだ。

 ほかの曲ではあるが,映像でシャハムの演奏を見ると,どれもとても楽しそうに弾いているのが分かる。しかめっ面して,苦しそうだったりしているような演奏は見たくないし,聴いていても分かるものだ。シャハムの演奏を聴いていると,とても幸せな気分になれる。

 このCDは1991年12月の録音で,日本での発売は1993年9月26日だった(POCG-1683)。その後1995年にアートン素材CDとして再発され(POCG-9600),さらに2003年にマスター・シリーズで再発された(UCCG-3577)が,現在は廃盤のようである。

 サブスクでは聴けるので,ぜひ聴いてほしい。

 シャハムのCDでは,ほかに特にお勧めしたいのには,コルンゴルトの協奏曲(UCCS-50267)がある。これも聴いていて幸せになれる演奏で,特に第3楽章は圧巻。こちらは再発されたばかりなので入手しやすい。ベルリン・フィルデジタル・コンサートホールでもメータとの共演が見られ,こちらも必見。