ザルツブルク音楽祭1991ショルティの「魔笛」4Kレストア版放送

 5月17日(日)の深夜にNHKのBS4KとBSで,1991年のザルツブルク音楽祭での「魔笛」が4Kレストア版で放送される。BS4Kは11時20分から,BSは0:05からの放送。

 これは,ゲオルク・ショルティ指揮ウィーン・フィル,ヨハネス・シャーフの演出で,1991年8月8日にザルツブルク祝祭大劇場で上演されたもので,モーツァルト没後200年の年の上演として当時非常に話題になったものだ。NHKとORFの共同制作で,直近では2011年10月16日にNHK BSプレミアムで放送された。デッカからDVDでも発売されていたが,廃盤のようである。

 ショルティは「魔笛」をウィーン・フィルと2度録音しており,特に1度目の1969年の録音は名盤として知られている。2度目の1990年の録音は,本放送に先立つもので,歌手の一部は共通しており,若手歌手を多く起用したことで話題となったものだ。

 2011年の放送を見ると,ハイビジョン収録ではあるが,輪郭がぼやっとしており,鮮明でない。今回は4Kレストア版とのことなので,どれくらい画質が向上したか要注目だ。

 1991年の上演なので,ショルティの指揮はもちろんHIPと関係ないモダンな演奏だし,シャーフの演出も読み替えでなくオーソドックスなもので,安心して見られる。歌手はCDと共通している歌手は安定している一方,CDと異なる歌手は一長一短ある感じだ。当時ほぼ新人近かったパミーナ役のルート・ツィーザク,大ベテランのモノスタトス役のハインツ・ツェドニクなどが,演技や容姿も含めて特に優れていたと思う。

 

 NHKにはこういう貴重なアーカイブを継続して放送してほしい。

 次は,翌1992年のザルツブルク音楽祭でのR.シュトラウスの《影のない女》が見たい。やはり指揮はショルティで,演出はゲッツ・フリートリヒ。かつてDVDでも出ていた。CDでも1989年,1991年に録音されたものが出ており,名盤として知られている。

 

(追記)

 4K,2Kとも災害等のテロップが入ったりすることなく,無事放送された。

 正直なところ,2K放送同士の比較では2011年の放送との画質の違いはよく分からなかった。4Kは2Kテレビで見たが,プログレッシブなこともあり,2K放送よりは抜けがよく,情報量が増えた気がする。

 昨年放送された《ニーベルングの指環》はmuse時代の収録で解像度が違い,過去の放送では一部黒帯が発生していたので違いが分かりやすかったが,今回はそういうことがないので,分かりにくかった。もしかすると,2011年当時はBSプレミアムはフルHD(1920×1080)で,今回は1440×1080なので,画質はむしろ劣化している可能性もある。もちろん,高性能なかなり大型のモニターで詳細に比較しないと分からないレベルだとは思うが。

 なお,上演前のザルツブルク市内の様子を映した映像などが入った分,今回の方が放送時間が3分ほど長くなっている。

 

 前述のように,今回放送された《魔笛》のシャーフによる演出は,読替えでないオーソドックスなもので,安心して見られる。そもそもどういう物語なのか分からないような演出ばかりになってしまっているので(放送,商品化されるものは特にそう),こういう上演が高画質で見られるのは貴重。初めてオペラを見て,どういう話なのかを知りたいと思うと,古い低画質なものでしか見られないいうのは,何ともおかしな話ではある。

 《魔笛》の場合,読替えではなくても人種差別などデリケートな問題もあり,余計にト書きに忠実な演奏が難しくなっているということもある。典型的にはモノスタトスで,シャーフの演出ではモノスタトス役のツェドニクは肌に焦げ茶色のメイクをしているが,今では難しいだろう。第2幕のアリアでの歌詞も,肌の色に関係するところはあえて訳出されていなかった(ただし原田茂生氏の字幕は1991年に放送された当時のもの)。

 

 ザルツブルク音楽祭での上演とCDを比較すると,まずザラストロの違いが大きいように思った。CDではクルト・モルが落ち着いた深々としたバスの声を響かせており,とても包容力に溢れた歌を聴かせていたのに対し,ザルツブルクではルネ・パーペに代わっており,より若々しく硬質な歌になっている。シャーフの演出にはパーペの方が合っているように思ったが,歌自体はモルの方が優れていたと思う。

 ほかに,主要なところではタミーノ,夜の女王,パパゲーノが変わっており,特にパパゲーノの変更の影響は大きく意味深なところがあるので,後述する。

 CDをショルティの新盤と旧盤で比較すると,オケは同じなので,歌手の違いがほとんどのように思った。全体的に旧盤の方が立派で,声が太いなと思った。現在の演奏スタイルから見て違和感が少ないのは新盤の方だろう。

 新盤はモルとツェドニク以外はほぼ若手で固めたフレッシュなもので,レコードアカデミー賞を受賞した旧盤と比較しても十分に優れたものだったが,パパゲーノのミヒャエル・クラウスが一人でぶち壊していた。解説書では年齢は不詳だが,それほど若くもないようで,声が重くネチネチしており,音程は不安定。セリフ部分では芸達者なところを聴かせているのだが,歌になったとたんにメチャクチャでとても聴いていられない歌唱であった。ザルツブルクでアントン・シャーリンガーに代わったのは,そのことがあったのだろうか。CD発売当時の「レコード芸術」の月評でも,パパゲーノだけが酷評されていた。

 パパゲーノはそもそもかなり難しい役で,特にライヴでは満足できる歌唱はほとんど聴いたことがない。今回のシャーリンガーも,クラウスよりははるかにマシだが,歌だけ聴くと,必ずしも十分に満足できるものではない。

 CDでのお勧めはカラヤン盤のゴットフリート・ホーニクの歌である。まったく隙がない。ベーム盤のフィッシャー=ディースカウもさすがだが,立派すぎて自然児・野生児といった感じは薄い。ショルティ旧盤のヘルマン・プライも名唱として有名だが,こちも声・歌は立派すぎるほどでうっとりさせられるが,天然な感じはあるものの,育ちが良すぎる感じと色気がありすぎ,やはり自然児・野生児というパパゲーノのキャラとはちょっと違う気がする。

 

 

ネルソンス指揮ウィーン・フィルによるマーラー交響曲第5番

  アンドリス・ネルソンス指揮のウィーン・フィルによるマーラーの交響曲第5番が5月2日に発売(配信)された。今のところ配信とLPだけで,CDでは出ていない。CDよりLPの方が売れる時代になってしまったのだろうか。

 そんなこともあってか,ユニバーサルのホームページでは「現代を代表する名指揮者と最高峰オーケストラによる「マーラー交響曲全集」プロジェクト」と銘打ち,「待望のドイツ・グラモフォン「マーラー交響曲全集」プロジェクトが始まります」と宣伝しているものの,さっぱり話題になっていないように思う。それもそのはずで,ネルソンスとウィーン・フィルのマーラー・チクルスは,日本では全くと言っていいほど知られていないからだ。

 今回の第5番は2022年8月6-8日にザルツブルク祝祭大劇場で収録されたもので,ユニバーサルのホームページでは「ライヴ」とは書いていないものの,8月7日と8日に演奏会があり,8月7日の演奏はSTAGE+で配信されているし,おそらくC Majorから発売されているDVDとBDも同じ演奏と思われるので,6日のゲネプロも加えた,いわゆる「ライヴ録音」と言っていいと思う。拍手はないし聴衆のノイズも感じられないが,後述のとおり音がもやっとしていて,最新のスタジオ録音とはとても思えない。

 「プロジェクトが始まります」という割には,2022年の収録ということは,随分前の演奏だ。

 今回の第5番がザルツブルクでの演奏会に合わせて収録されたことからすると,既にほぼ全曲の収録が完了していると思われる。STAGE+では以下の映像が配信されており,第2番,第4番,第5番,第7番はC MajorからDVDとBDも発売されているからだ。

https://www.stage-plus.com/ja/artist/artist_85P78QBJEHFJ4DHH6S

第1番《巨人》 2026年4月18日 楽友協会大ホール

第2番《復活》 2018年7月29日 ザルツブルク祝祭大劇場

第3番 2021年8月7日 ザルツブルク祝祭大劇場

第4番 2023年8月5日 ザルツブルク祝祭大劇場

第5番 2022年8月7日 ザルツブルク祝祭大劇場

第6番《悲劇的》 2020年8月7日 ザルツブルク祝祭大劇場

第7番《夜の歌》 2023年1月15日 楽友協会大ホール

第8番《千人の交響曲》 2026年5月 楽友協会大ホール(5月12日配信開始)

第9番 2024年8月11日 ザルツブルク祝祭大劇場

第10番~アダージョ 2025年8月10日 ザルツブルク祝祭大劇場

 これから配信される第8番の説明に,「ついに完結を迎えます」とあるので,《大地の歌》はやらないのだろうか。次はいきなり全集という形でリリースされる可能性もあると思う。

 

 STAGE+に加入している人からすれば「今さら何を」なのだろうが,今回の発売はかなり驚いた。ネルソンスがウィーン・フィルとマーラー・チクルスをやっていたことも知らなかったし,何と言ってもこの数年,ウィーン・フィルの「まともな」新譜が全然なかったから。

 日本にいると(ORFのネットラジオで聴けるのもあるが),ウィーン・フィルはもはやニューイヤー・コンサートとシェーンブルン宮殿の夏のコンサートだけの観光地オケに成り下がったとしか思えない状況だ。ニューイヤーはまだいいが,シェーンブルンは曲目も会場も最悪で,似たような趣向のベルリン・フィルのヴァルトビューネ・コンサートと比べても曲目と演奏の芸術性の低さは目を覆うばかりだったから。

 そして,このチクルスはORFのネットラジオでは配信されていなかったようだ(以下も参照)。商品化のために放送させなかったのだろう。

http://www2.tokai.or.jp/s.fuji/live/Live.html

 

 今回のネルソンスの第5番の特徴だが,Amazon Musicの配信で聴いたところ,最新録音とは思えないほど録音がものすごく悪い。最初ドルビーアトモスで聴いたが,音が小さくもやもやしていて,前に出て来ない。音に付帯音としてノイズが乗っている感じで,とても最新録音とは思えないようなひどい録音だ。ULTRA HDに切り替えたところ多少マシになったが,それでもかなり音が小さく,ダイナミックレンジが狭い。相当音量を上げないといけない。同じウィーン・フィルのブーレーズ,バーンスタイン,マゼール(録音の新しい順)と比べると,全然違う。古い録音の方がはるかに音がいい。

 これはおそらく,グラモフォンのスタッフが録音したのではないからだと思う。今回のチクルスは映像収録と同時並行で制作されているのが特徴だが,同じような形で収録されたものとして,ティーレマンのベートーヴェン全集(ソニー)があり,これも録音がひどかったからだ。どちらも,映像はウニテル制作(映像作品のパッケージによる)で,CDの音声もウニテル(あるいはオーストリア放送協会か)のスタッフによる収録と思われる。

 コストを抑えたせいなのか何なのか分からないが,この音の悪さは致命的だ。これから全集化されたとしても,録音の悪さが足を引っ張って,後世に残るようなものにはならない可能性がある。

 また,今回は2チャンネルステレオと比較してのドルビーアトモスの音の悪さにも驚かされた。これはドルビーアトモスが悪いのではなく,制作上の問題だと思うが,こういうのが出回ると先行きに不安を感じる。だいたい,どれだけドルビーアトモス(空間オーディオ)の需要があるのかも疑問で,いずれテレビの3D放送のように消えていってしまうかもしれない。なお,バーンスタインのCDはAmazonではドルビーアトモスでも配信されているが,ステレオとの違いはあまりない。

 ちなみに,Amazon Musicでは,2チャンネルステレオの音源のうち,トラック4,10,18,27,33は音質がULTRA HD(24bit/48kHz)ではなくただのHD(16bit/44.1kHz)なので注意が必要だ。Amazon Musicではよくあることなのだが,Amazon側の都合なのか,ユニバーサル側の都合なのかは分からないが,ユーザーをバカにしている。

 

 演奏の特徴としては,「テンポの遅さ」が際立っている。といって,それほど粘らないので,だれ気味に感じるところがある。また,テンポの遅さにオケがついていけてないのか,アンサンブル(特に弦)が乱れがちなのと,録音のせいもあってか管楽器がパワー不足に感じる。ネルソンスの指揮は,基本的に穏やかで,切迫感はない。正直なところ,(彼のほかの演奏もそうだが)聴衆に何を伝えたいのかはよく分からない。これだけ売れっ子になっているので,オケからは相当好かれているのだろうし,ほかの指揮者に比べて頭一つ抜けているのは分かるが,きれい事ばかりに聴こえる。芸風としては,師匠のヤンソンスに似ている。

 ウィーン・フィルも,ホルンなど楽器そのものがほかのオケと違うものは別にすると,弦を中心に個性はかなり薄まってしまっているので,残念ながら「この演奏でなければ聴けない音」というのはあまりないように思う。

 はっきり言って,山ほどあるこの曲の録音の中でどれだけの存在感が発揮できるかは疑問だ。以前出たベートーヴェンの全集もそうだったが,いずれ埋もれていって,忘れられてしまうのではないだろうか。

 テンポの遅い演奏ということで,ハイティンク/ベルリン・フィルのCD(1988年録音)と比べてみたが,ハイティンクの方が録音が抜群にいいし,オケもうまい。ハイティンクも「何もしない」のが取り柄のような指揮者だが,音自体に訴えかける力がある。

 5つの楽章の中では,第4楽章が一番良かったと思う。弦だけなので録音の悪さがあまり気にならず,遅いテンポによる弦の美しさを堪能できた。

 

 テンポの遅さが特徴なので,今回参照したほかのCDと合わせてタイミングを載せておく。なお,ネルソンスの演奏は配信だと39ものトラックに分かれているので,楽章ごとの演奏時間が分かりにくい。以下は,Amazon Musicに表示されるトラックごとの時間を単純に合計したものである。なお,ネルソンス以外の演奏は,楽章内でトラック分けされていない(マゼールのCDは,初期盤では細かくトラック分けされていたが,2023年リマスターではトラック分けされていない)。

 

ネルソンス   Ⅰ14:28 Ⅱ16:42 Ⅲ18:52 Ⅳ12:27 Ⅴ16:26 計78:55

ハイティンク  Ⅰ13:33 Ⅱ15:48 Ⅲ19:16 Ⅳ13:56 Ⅴ15:53 計78:26

ブーレーズ   Ⅰ12:52 Ⅱ15:02 Ⅲ18:12 Ⅳ10:59 Ⅴ15:12 計72:17

バーンスタイン Ⅰ14:35 Ⅱ15:01 Ⅲ19:09 Ⅳ11:18 Ⅴ15:00 計75:03

マゼール    Ⅰ14:04 Ⅱ15:04 Ⅲ17:36 Ⅳ10:30 Ⅴ15:15 計72:29

 

※ハイティンク/ベルリン・フィル 1988年5月15-17日 フィルハーモニー

 (フィリップス→デッカ UCCD-2167)

 ブーレーズ/ウィーン・フィル 1996年3月 楽友協会大ホール

 (グラモフォン UCCG-90455)

 バーンスタイン/ウィーン・フィル 1987年9月 フランクフルト,アルテオーパー

 (グラモフォン UCCG-51016)

 マゼール/ウィーン・フィル 1982年9月30日-10月4日 楽友協会大ホール

 (ソニー SICC-10448~10459(2023年リマスター:全集))

 

 ここに挙げたのは,どの演奏もテンポは中庸~遅めのものだで,楽章によって極端に遅(長)かったりするが,やはりネルソンス盤の遅さは際立っている。そこに必然性が感じられないのが問題だろう。

 なお,今回改めて聴いてみて印象的だったのは,ブーレーズ盤の印象が発売当時とかなり変わったこと。当時は,あまりに軽く音のバランスが独特(いわゆるピラミッド型ではない)で違和感だらけだったのだが,今聴くとたいして気にならない。それだけ全体的にクラシック音楽の演奏が軽くなったということなのだろう。

 

 

 自分の思うウィーン・フィルならではの音が聴ける音のいい録音として,アバドの《田園》を挙げておく。弦(特に第1楽章と第2楽章)がゾッとするほど美しい(グラモフォン UCCG-90839)。

 

 マーラーの交響曲では,やはりアバドの指揮による第3番をお勧めする(グラモフォン UCCG-50168/9)。

 

「機動戦士Zガンダム」テレビ版がWOWOW初放送

 2026年3月2日,3日,6日の3日間で,テレビアニメ「機動戦士Zガンダム」がWOWOW(ライブ)で初放送された。もちろん,ハイビジョンリマスター版での放送である。「40周年記念」を謳っているが,最初の放送は1985年3月2日から1986年2月22日までなので,1年ずれている。同じく,3月9日からは「新機動戦記ガンダムW」が30周年記念としてWOWOW初放送される。こちらも,1995年から1996年にかけての放送だったので,1年ずれている。ガンダムWは,昨年,BS11で30周年の放送があった。本来は「機動新世紀ガンダムX」の30周年記念なので,こちらも放送してほしい。

 

 最初のテレビ放送の頃とは違い,今は様々な手段でガンダム作品を見ることができる。ほとんど再放送されていない「Gのレコンギスタ」や「ガンダムAGE」などでも,テレビというメディアにとらわれなければ,視聴は容易だ。

 そんな中で,今回WOWOWで放送される意義は何か

 現在,繰り返しガンダム作品を再放送しているのは,BS11とBSアニマックスの2つだろう。この2つのチャンネルとの比較をしてみたい。ポイントは3つあって,①画質②字幕③テロップ,である。

 ①画質は,WOWOWとBS11はフルハイビジョン(1920×1080)であり,BSアニマックスはハイビジョン(1440×1080)である。現在,フルハイビジョンで放送している放送局は珍しく,WOWOWとBS11の画質の良さは貴重である。昨年放送された「GQuuuuuuX」を地上波と比較したところでは,明らかにBS11の方が画質が良く,レコーダーに録画したときのファイルサイズも全然違かった。「Zガンダム」の場合は,3倍録での比較なので正確ではないが,この3局でのファイルサイズの違いはほとんどなかった。元がSD画質だからだろう。

 ②字幕は,WOWOWとBSアニマックスは「字幕あり」,BS11は「字幕なし」である。なお,WOWOWとBSアニマックスの字幕は同じではない。BS11が字幕なしなのは,「Zガンダム」に限らずほかの放送でも同じで,一番残念なところだ。「Zガンダム」は,モノラル放送でもあるせいか,セリフが聞き取りにくいところが多い。今回もまだ見始めたばかりだが,何度も見ているのに間違って理解していたセリフが幾つかあった。ちなみに,第5話まで見たところ,字幕はシャアが水色,カミーユが黄色で,緑はまだ出てきていない。

 ③テロップは,BS11は本編が始まってすぐ「テレビをみるときは、へやをあかるくしてはなれてみてね」というテロップが入る。Zガンダムを見る年齢層を考えると,とてもおかしなテロップだし,余計なお世話だ。テレビ局のアリバイづくりのためのこういうテロップは有害でしかない。WOWOWは,本編中にこういうテロップは入らず,番組が始まる前に「画面を見るときは部屋を明るくしてできるだけはなれて見てください」という絵が入る。BS11よりはバカにした感じは少なく,良心的ではあるが,それでも余計なお世話だ。

 話はそれるが,Zガンダムではまだ確認していないが,1月に放送された宇宙戦艦ヤマトでは,爆発シーンなどでいわゆるポケモンショックを防ぐための減光処理が行われ,とても酷かった。テレビかレコーダーが壊れたのかと思ったほどだ。2月23日にTBS系で放送された「シン・エヴァンゲリオン劇場版 TV版」も同じくなかり減光処理が酷かった。2023年8月にWOWOWで放送されたときは,減光処理はなかったはずである。

 BSアニマックスは,2022年7月頃ほうそうされたものを見る限りは,本編中で部屋を明るくしろといったテロップは入っていなかった。ただし,アニマックスでは,ロゴが右下にカラーで表示され,4:3のZガンダムでも絵に被さって表示されるので,非常に邪魔だ。BS11では放送局のロゴは4:3だと絵に被らないが,字が大きいので目立つ。WOWOWは,ほんのわずかに被るが文字が小さいのでBS11より気にならない。

 

 

 「Zガンダム」はおそらくガンダムシリーズの中でも一番多く見た作品であり,細かいところまで覚えていると思う。そこで,気になっていることを3つ書いておく。

 

① 第1話でのセリフカット

 第1話「黒いガンダム」のAパートに,カミーユがファと一緒にブライトに会いに港に向かうシーンがある。2人がエレカに乗り込み,発車した後,それを見ていたベンチに座る男が「ファ~ちゃん」と声をかけるのだが,いつのものからか,このセリフがカットされてしまった。

 初回放送時にビデオ録画したものを繰り返し見ていたので,しっかりと覚えていたのだが,DVD以降ではセリフがカットされて口だけが動いている不自然な絵になってしまった。とっくの昔にビデオテープは処分してしまったので,本当にこのセリフがあったのか,だんだん自信がなくなっていたのだが,検証してくれている方がいた。

https://x.com/sakutosero/status/1386118262392459269

 

 これを見ると,LD版からセリフはカットされていたようだ。理由は分からない。

 ほかにも,第1話でBGMが変わっているなどの書き込みも見かけたが,どこか覚えていないし,検証はできない。

 

② 宇宙が青くなる問題

 ネットで検索しても,問題にしている人はほとんど見たことがないのだが,Zガンダム最大の問題がこれだと思っている。

 初めは黒だった宇宙が,だんだん青っぽくなり,最後は真っ青になるのだ。そして,これはその後の富野ガンダムでもずっと引きずっていき,最終的にGレコに至ってようやく完結したと考えてよい。

 なぜ問題かというと,青い宇宙は見ていてとっても気持ち悪いのである。

 確かに,ファーストガンダムの頃のSFアニメの宇宙は,黒ではなかった。ファーストの第1話ではかなり黒っぽいが,黒ではないように見える。その後は,その時々でいろいろなのだが,より紺色っぽくなっていったと思う。それでもZガンダムの最後の頃よりはマシだ。宇宙戦艦ヤマトも黒ではなく,青っぽかったり灰色っぽかったりしていた。イデオンはかなり黒に近かったと思う。

 

 少し詳しく変遷を見ていくと,第1話から数話は,黒がベースで,星が集まるところだけ青や茶色になっていた。星は割と大きめで,数も多い。それが第7話「サイド1の脱出」あたりから青が目立ってくる。ベースが真っ黒でなく青みがかった黒になってくるのだ。第9話「新しい絆」での月面での宇宙は,終盤の真っ青に近いくらいのものもある(月には大気がないので,空が青く光るというのはおかしい)。この状態が第11話「大気圏突入」まで続くのだが,ファーストを見ていた目からすると,そこまでの違和感はない。ただ,第1話あたりと比較すると,明らかに変わってきているのは分かり,「なぜ?」と思わずにはいられない。

 地球編を挟んで第21話「ゼータの鼓動」になると,一層青みが強くなった印象を受けるが,気にしなければそこまでの違和感はないかもしれない。しかしやはり徐々に青みは強くなっていくように思う。そして,どこを見ても「黒」とは言えない絵になる。

 そして,第2の地球編が始まる第35話「キリマンジャロの嵐」では,ついに真っ青になるのである。部分的に色の濃いところもあったりするが,基本的に「青」である。それもかなり彩度が高い。こんな宇宙はない。結局,これが最終話まで続くことになる。気持ち悪いことこの上なく,素直に楽しめなくなってしまった。

 劇場版では宇宙を黒くしてほしかったが,テレビ版の絵を流用したシーンはそのまま,新作部分は,後半のテレビ版よりは多少色が濃いものの,黒にはされなかった。

 

 何かのインタビュー記事で読んだ記憶があるのだが,あるスタッフの方が,話が暗いので宇宙が黒だと一層暗く感じられるから,明るく(青く)した,というような話をしていたように思う。

 

 「ガンダムZZ」では,美術が東潤一氏から池田繁美氏に変わったせいか,宇宙の色は大きく変わり,後々まで引きずる新たな問題を起こすことになる。

 宇宙そのものは,真っ青はやめて,Zの中盤のような濃紺ベースに薄い色の部分が混じる形に落ち着いた。Zの終盤ほど酷くはないが,それでも違和感は残った。一方,コックピットの360°モニターの宇宙の色は,Zの青よりもさらに明るい,スカイブルーに近い色に統一されることになった。これはかなり強烈な色で,この使い分けは,その後ずっと続くことになる。

 ちなみに,ZZの後に同じ放送枠で放映された「機甲戦記ドラグナー」の宇宙は真っ黒で,違和感がなく,とても安心して見られた記憶がある。

 結局,制作者サイドの意図と異なり,宇宙を明るくすることが話の暗さを強調する結果になったと思っている。ZZも,後半はかなり暗い作品になってしまっていた。話が暗い代わりに絵を明るくしたいのなら,ほかの方法を採るべきだったと思う。

 

 続いて「逆襲のシャア」では,宇宙はほぼ黒に戻る。完全な黒とは言い難く,青みがかった感じもするが,かなり違和感はなくなった。ただし,場面によっては,薄い青の部分が目立つところもあった。コックピット内は,ZZよりさらに色が薄くなり,より強烈になった。ほとんどスカイブルーと言っていいくらいで,コックピット内と外の宇宙の両方を同時に映したカットを見ると,その違和感は一層強くなる。

 

 「F91」は,宇宙はついに真っ黒になったように見える。部分的な青いところもかなり少なくなったので,違和感はほとんどない。コックピット内が薄い青なのはそのままだが,逆襲のシャアよりは若干濃くなった気がする。

 

 「Vガンダム」は,宇宙は完全に黒になり,しっかりと星を点で表していて,青っぽい色で見せることが少なくなり,より自然に見えるようになった。コックピット内の色もかなり濃くなり,違和感は少なくなった。

 なお,Vガンダムで特筆したいのは,ガンダムのビームライフルの音で,初代ガンダムの音とほぼ同じになっており,放映当時とても感激した。その後は,Gセルフのビームライフルの音が初代ガンダムを彷彿させる音になっており,気に入っている。

 

 「∀ガンダム」の宇宙の色はVガンダムに近く,より洗練された感じがする。コックピット内は,Vガンダムより鮮やかな青になり,違和感が強くなった。

 

 そして,「Gのレコンギスタ」に至って,ついに外の宇宙とコックピット内の宇宙の色が統一された。ただし,宇宙の色は,黒がベースなのだが,オーロラのような青や緑の筋が入り,派手な色彩になっている。とはいえ,もちろん,Z終盤のような気持ち悪さはない。

 

 非富野ガンダムは,各作品とも基本的に宇宙は黒がベースで,製作時期にも応じて作画に多少の違いはあるが,作品ごとに特筆すべきことはないように思う。

 

 このように,富野ガンダムの宇宙の色は変化しているのだが,それが富野監督のこだわりから来ているのか,逆にこだわりのなさから来ているのかは興味深いところだ。自分としては,こだわりのなさを反映している(スタッフの暴走とそれを引きずった結果)ではないかと思っているのだが。

 

③ 「カミーユ」連呼しすぎ問題

 これは今回見直して気が付いたことなのだが,ファが「カミーユ」と連呼しすぎで,ジェリドと事件を起こす原因はここにあったのだ,ということだ。

 ファの最初のセリフがまず「カミーユ」であり,4回連続で呼びかけ,カミーユから「言うなよ。カミーユってのが俺だって,誰にでも分かってしまうだろ」と言われても「みんな知ってるわ。本人だけが承知してないんじゃない」と返し,ジェリドと出会うまでに計7回「カミーユ」を連発する。それからジェリドが例の「女の名前なのに,何だ男か」と言ってカミーユを怒らせるまでに2回,カミーユがジェリドを殴るまでに3回も呼ぶのだ。ファはカミーユのすぐそばにいて,ジェリドの声を聞いてカミーユが怒っているのを目の前で見ているのに,さらに3回も呼ぶのである。合計12回だ。

 ファが人前であるのをはばからず「カミーユ」と連呼するのは,親がチョロチョロしている小さな子供に対して呼びかける様子に似ている。ファは,幼なじみなので,カミーユが自分の名前にコンプレックスを持っているのは百も承知のはず。それなのにわざわざ怒らせるように「カミーユ」を連呼し,こういう結果になってしまった。最終的に事件の原因を作ったのはファだと言っていいだろう。だが,本人には最後まで全然その自覚がなかったようだ。

 Zが苦手だと言う人がよく問題にするのは,この第1話~第2話にかけての事件でのカミーユである。確かに相当ヤバい。初回放送時はまだカミーユより若かったので,ニュータイプの高校生はこういうものなのか,くらいに思って見ていたが,今見返すと相当ヤバい。それでも,最初のジェリドとの喧嘩はまあ逆上して抑えが効かなくなったということで理解できなくはないが,釈放が決まった後にマトッシュの顔面にケリを入れるところになると,もうついて行けない。一旦落ち着いたのだから,あそこで大人しく帰っていれば(それでは話が始まらないが)と思わずにはいられない。

 とはいえ,非富野ガンダム作品に頻出する相当ヤバい奴ら(あえて具体名は出さない)に比べれば,カミーユはマシだと思う。本当にヤバいのはこのときくらいだからだ。その後,遅刻してエマとウォン・リーに修正されたりするが,まだ正式に軍人になったわけでもない高校生なので,たいしたことではない。むしろ行きなりビンタを食らわせて,暴行の限りを尽くすウォン・リーの方がはるかにヤバい(カンフーの達人という設定なのに,ZZでジュドーに簡単に負けるのは,おかしい。カミーユは空手をやっていたのに全く歯が立たなかったのだから)。

 その後のカミーユは,いろいろあったが,おおむね優等生だったといっていい。シャアを殴るくらい,かわいいものだ。

 一方,原因を作ったファの方は,第22話からしばらく,暴走してわがままの限りを尽くすが,エマに修正されて少し大人しくなり,シンタとクムが登場してからはすっかり落ち着く。

 このように,2人とも,非富野ガンダムに出てくるすごくヤバい連中とは全然違うのである。カミーユもファも人間として成長するが,非富野ガンダムに出てくる奴らは,たいてい成長しない。そして無残に殺されることが多い。

 ということで,「カミーユ」を連発するファは,場の空気を全く読めないヤバい女子高生にも見えるのだが,ファのファンの立場からは(Zガンダムに登場する女性の中では,やっぱりエマとファだ),好きな男の子の名前を呼びたくてしょうがない乙女心からのものだったと思いたい。ちなみに,やはりファの声は松岡ミユキさんじゃないと。

 

 

ドコモが本当につながらない

 ドコモの電波がつながらないというと言われて久しい。

 はじまのうちは,「そうかな~」くらいの感じで聞いていたが,最近よく行く場所が中心市街地なのに常時つながらないので,本当なのだと思った。

 つい先日も,山の中だが観光スポットでつながらないことがあった。こんなところで今どきつながらないとは,と思うような場所である。

 人が多いとつながらないということもあるようだ。某映画館に行った際,いつもより混んでいたのだが,オンラインチケットを出そうとして電波がつながらず,屋外まで移動して何とか表示させられたということがあった。あやうく時間に間に合わなくなるところだった。

 いずれもドコモには報告しているが,改善の兆しはない。

 もはや楽天モバイルよりつながらないという話も聞く。

 昔3Gの頃,ソフトバンクの電波が繋がらず,ドコモに変えたのだが,変えた方がいいのかもしれない。足かせになるのがキャリアメールと各種付帯サービスだ。付帯サービスはたいしたものを利用していないので問題ない。キャリアメールは,いろいろなところに登録しているものをやめていくしかない。

 

 携帯電話サービスは,つながってなんぼである。

 ほかにどんないいサービスがあっても,つながらなければ全く意味はない。

 どこよりも広い範囲でつながり,災害にも強いというところを見せつけなければ,ドコモに未来はない。やめ時かもしれない。

 

 

 

映画「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女」セカンドトレビュー

 原作を読み直して,改めて鑑賞してきた。

 

 原作とは直接関係ないところで,まず思ったのは,無理矢理尺を伸ばしているのではないかということ。これは,1作目ではあまり感じなかったところだ。

 場面場面を繋ぐところに,意味のないシーンが挟まるのである。例えば,ヴァリアントの中でハサウェイが移動するときとか。

 原作にない,特に意味のないシーンの追加も目立つ。まず冒頭,連邦軍の潜水艦内部のシーンは,その後の展開と何の関係もなく(その後は登場しない),全くの時間の無駄。もしその潜水艦がヴァリアントを撃沈した潜水艦だったとしても,そのことは示唆されていないし,あのシーンがなくても何ら問題がない。いわゆる,伏線回収がないというやつだ。

 そのほかにも,ヴァリアントのコックピットのシーンなど,挙げたらきりがない。無駄なシーンをダラダラ見せられてうんざりする。なのでとにかく展開が遅い。

 挿入歌もそう。なくてよい。エンディングテーマはうるさすぎて映画の内容にそぐわないと思った。

 前回も書いたとおり,2部構成で十分。富野監督なら1本で終わらせたかもしれない。

 

 次に気になったのはタバコのシーン。これも,原作にはない描写である。何かの象徴のように使っているようにも見えるが,単純に不快。宮崎駿のように,自分がヘビースモーカーだから入れたのかどうかは知らないが,宇宙世紀の政府高官があんなふうに人前で葉巻をブカブカ吸うのか。

 

 一番問題が多いのは,やはり最後の戦闘シーンとそこに至る過程だろう。

 アリュゼウスというモビルスーツを出す意味は,分からない。しかもあんなゴテゴテしたデザインで。中にνガンダムを入れたかったからなのか。それなら,オデュッセウスガンダムのデザインをνガンダムそっくりにすればよかっただけのこと。

 レーンの扱いも疑問。原作では,ヴァリアントを撃沈するなどの戦果を上げて,自信が付いてきたところでアデレードでの最終決戦を迎えるのだが,「キルケーの魔女」では,ズタボロにされて終わってしまっている。だいたい,あんなにされたら,ハサウェイが戦闘をやめる前にコックピットの中で丸焼けになって死んでいるか,機体が爆発しているはずで,助かるのは村瀬監督のご都合主義に見える。

 「逆襲のシャア」の回想シーンと物語の連続性にも問題がある。原作は,映画版の「逆襲のシャア」ではなく,小説版の「ベルトーチカ・チルドレン」の続編であるとされている。ここでの大きな違いは,小説版ではクェスを殺すのがチェーンではなく(チェーンは出てこない),ハサウェイだということ。だからハサウェイはクェスを殺した罪の意識であのように精神を病んでしまったと納得できるのに,「キルケーの魔女」それがなくなってしまっている。

 もう一つ分からないのは,アムロに対して強い恨みを抱いているかのように見えるところ。だからアムロが出てくるし,量産型νガンダムを見ておかしくなってしまったのではないのか。しかし,本来恨むべきはシャアのはず。この辺は意味が分からない。観客集めのために,サザビー(小説版ではナイチンゲール)ではなくνガンダムを出したのではないかと思える。

 前回も書いた,モビルスーツの戦闘シーンはやはり違和感だらけだった。リアルだと評価するネット記事も見たが,ガンダムというアニメはそういうものじゃないと思う。そもそもリアルだと思わない。絵や動きが一昔前のテレビゲームか3DCGのよう。直線的で単純。背景やキャラクターの作画と合っていない。戦闘シーンでコックピット内の絵が多いのも気になった。テールノズルだけだったり,モビルスーツを描きたくないように思えた。村瀬監督はモビルスーツを動かすのが単純に苦手なのではないかとさえ思った。

 第1部と第2部は,戦闘シーンが夜間だけだったが,第3部は昼間の戦闘になるはず。ここで監督の真価が分かるだろう。まさか,夜間の戦闘に変更したりするのだろうか。

 

 最後の場面も,原作だと特に違和感はなかったのだが,「キルケーの魔女」だと,ギギをコックピット内に入れてから飛び立てばいいのでは,という疑問を感じた。いくら何でも危なすぎる。見せ場を作りたくて無理矢理そうしたように見えてしまう。

 

 文句ばかり書いたが,映画は大ヒット中であり,ネット上でも否定的な意見はほとんど見当たらないので,あえて書いてみた。

 こうしてみると,富野監督が映像化しなかった理由がよく分かる気がする。

 

 

デジタル・コンサートホールが途切れてまともに再生できない

 以前から時々あったが,このところベルリン・フィルデジタル・コンサートホールが途切れてばかりでまともに再生できなくてとても困っている。

 新しい動画が公開された直後に発生することが多い。その中でも,ペトレンコ指揮のものがアップされた直後が特にひどい。

 ネット環境に問題はなく,他の動画サイトでこのようなことは発生しておらず,再生機器に関係ないので,サーバー側の問題だと思う。

 メールで問い合わせたが,機器の状況を聞かれただけで,何の解決にもならなかった。

 高画質化,高音質化の影響だろうか。

 どんなに画質が良くても,まともに再生されないのでは意味がない。

 有料サービスなのだから,大至急対応してほしい。

 

 

映画「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女」ファーストレビュー

 ようやく第2部が公開された。2018年11月に製作発表があり,2020年7月23日に第1部が公開予定だったのが,新型コロナウイルスの影響もあって,2021年6月11日にやっと公開となり,それから更に約4年半を経て第2部である「キルケーの魔女」が公開された。

 前回原作を読んでからだいぶ経っていて,細かいストーリーの比較はできないので,今日見た印象を書いておく。

 

 「閃光のハサウェイ」はそもそも映像化が難しい作品だ。だから富野監督も小説を書いただけで映像化しなかったのだろう。第1部はそれでも原作から離れずにだいぶ「見れる」作品になっていたが,第2部は相当厳しかった。

 

 そもそも,3部作としての製作だが,2部でよかったのではないか,というのが今日見た感想だ。原作も上中下の3巻に分かれており,映画はそれに対応する形で製作されている。しかし,原作は上だけが特に長く,中と下は短い。それなのに,第1部の上映時間が約1時間35分だったのに対し,第2部は約1時間50分と長くなっていた。つまり,無理矢理尺を伸ばしているのである。正直,ダレている。元々戦闘シーンが非常に少ないのも映像化には辛いところだった。

 2部構成にして,1作を2時間程度にすればよかったと思う。

 

 今回の見せ場であり,逆に最大の弱点となったのが戦闘シーンだと思う。原作を思いっきり改編せざるを得ないのと,第1部に続き夜間の戦闘であるため非常に分かりづらい。そして何より,作画がかなりヤバい。

 原作の中巻の最後の部分(映画の最後の戦闘シーン)だけ改めて確認したが,原作を完全に無視したストーリーになっていた。これはいただけない。つまり,原作ではペーネロペーは戦闘に参加しないのに,出てきてボロボロにされてしまったのだ。マフティー側に鹵獲されたかまでははっきりしなかったが,これで第3部はどうするのだろうか。そして一番物議をかもしそうなのが,非常に長い「逆襲のシャア」の回想シーン。これも無理矢理感が強くて,見ていて厳しかった。まあ,好意的に見る人からは,ハサウェイが精神的に完全に病んでしまっていることを丁寧に描いた,という評価になるのだろうか。

 見ていて一番気になったのは,モビルスーツの作画が酷いこと。まるで,昔のテレビゲームのようだ。ポリゴンの数が少ないのか,いかにも「3DCGです」という絵で,動きはカクカクしていて不自然。富野監督が作ったら,絶対にこんな絵にはしなかったろう。手抜き感がすごい。戦闘シーンの中でも,人物が出る部分(コックピット内のシーンなど)と,モビルスーツが動いているところの絵の差がものすごいのだ。未完成のものを見せられているようだった。

 それと,これは第1部からだが,ガンダムビームライフルの色といえばピンクなのに,Ξガンダムが緑でペーネロペーがピンクというのはやはりおかしいし,分かりにくい。

 Real Soundのサイトに小説版と劇場版の違いについての記事があったが,実際に「キルケーの魔女」を見て,富野監督の意図とは異なる形で映像化されていくのを目の当たりにし,何とも残念な感じはした。

realsound.jp

 この映画は興行的には好調なようだが,富野監督が全く関わっていない作品はともかく,富野監督原作のものまでどんどんガンダムが富野監督の世界観から離れていってしまうのは,残念でならない。

 

【原作(小説版)との主な相違点】

原作には「アリュゼウス」「量産型νガンダム」というモビルスーツは登場しない

・ハサウェイがファビオと合流する「バイノー・ハーバー」は,原作では「ビノエ・ハーバー」である。

・マフティーを抜けるケリアをハサウェイが追いかけるシーンは,原作にはない。

・ヴァリアントを撃沈するのは,映画ではキルケー部隊の潜水艦であるが,原作ではレーンのペーネロペーであり,この時点でペーネロペーは既に修理が完了している。

・ギギがダーウィンでマフティーの攻撃を避けるシーンは,映画ではダーウィンに搭乗機を着陸させないという描写になっているが,原作では,既にダーウィンにいるギギが,攻撃を察知してケネスに予定より早く出発させるという描写になっている。

・原作のブライトは口ひげを生やしている。

・ギギがエアーズ・ロックに向かう場面で,レーンが映画では「マフティーが観光地にいるわけないだろぅ!」と叫ぶが,原作では「マフティーが,エアーズ・ロック付近にいるわけはないだろぅ!」である。

原作ではエアーズ・ロックでの戦闘にレーンは参加せず,ケネスとともにアデレードに向かっている。したがって,原作ではガンダム同士の戦闘はなく,ハサウェイの妄想もなく,「逆襲のシャア」の回想シーンはなく,ましてアムロが登場することはない

 

 このように,映画の終盤に向けてどんどん原作と離れていっている。第3部で原作と大きく異なる展開となる可能性もありそうだ。とはいえ,話を映像的に盛り上げるための演出に変えている部分が多いので,結末は変わらないだろう。

 

 

 富野ガンダムでない作品の中で最もまともな作品と言っていい「機動新世紀ガンダムX」は今年30周年になる。この2年間,BS11GガンダムガンダムWが30周年ということで全話放送されてきたが,ガンダムXは全話放送されないのだろうか。ニュータイプから逃げず,しっかりとした世界観を持って製作され(ここがWやSEEDと決定的に異なるところだ),それなのに,ファーストと同じく途中で放送期間が短縮されてしまったという,曰く付きの作品である。ぜひ全話放送してほしい

 

 

レコード芸術ONLINE解約

 「レコード芸術ONLINE」を解約した。最後まで付き合うつもりだったが,これ以上は耐えられないので,モヤモヤした気分を打ち払うべく,思い切って解約した。

 これまでも散々文句を書いてきたので詳しくは書かないが,とにかく読みたい記事がなく,内容が薄すぎる。

 

 一つだけ庇うとすれば,強力な新譜がさっぱり出てこないことが大きいとは思う。魅力的な新譜がなければ紹介のしようもない。つまらない新譜にむりやり高評価を与えてごまかされても興ざめなだけだった。

 

 ONLINE版の利点を生かすこともできなかった。紙でいつも読んで辛かったのは,楽譜が出ても分からないこと。ONLINEなら,せめて登場した楽譜をそのとおりコンピュータで鳴らして聴かせるくらいのことはできただろう。もっとも,ONLINEになってから楽譜が出てくるような記事はなかったかもしれないが。YouTubeにリンクを貼るくらいのことだってできただろうに。もっと広告を上げてうまく連携させてもよかった。

 

 驚いたのは,1月29日に「レコード芸術2026」という,ONLINEの記事をまとめたムックを2,750円で出すのだという。こんなの誰が買うんだろう。レコードイヤーブックが付録で付くというのは気になるが,それにしても高すぎる。もうやけくそになってるとしか思えない。

 

 読みたい記事が掲載されるようになれば戻ってくるつもりはあるが,期待はできないだろう。

 

 

(追記)

 レコード芸術ONLINEの「よくある質問」に「【注意】解約をご希望の場合、解約の締め切りは毎月月末の3日前(月末が31日の場合、28日締め切り)になります。締め切りを過ぎると、翌月まで契約が継続しますのでご注意ください。」と書いてあったので,解約のタイミングを逃さないよう,既に1か月分支払済だから今月末までは有料記事が読めるのだろうと思って解約手続をしたところ,即時に無料会員にされてしまった。こんなサービスは非常に珍しい。月ごとの契約なのだから,来月は契約しないという意思表示であって,すぐやめたいということではない。といって,日割りで購読料を返すわけでもない。酷すぎるサービスだ

 もはや文句を言う気にもならない。言ったところで「Fujisan.com」に言え,と言われるのだろう。

 これから解約することを考えている人は,注意してほしい。

 

 

小林愛実ピアノリサイタル

2025年12月6日(土) 15時開演 福島市音楽堂

 

【曲目】

1.ラヴェル前奏曲

2.同:ボロディン風に

3.同:シャブリエ風に

4.シューマンクライスレリアーナOp.16

(休憩)

5.ショパン:3つのマズルカOp.59

6.同:ピアノ・ソナタ第3番ロ短調Op.58

7.同:夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)(アンコール)

 

 人気ピアニストの公演ということで,駐車場は満杯,県外ナンバーも目立った。観客の入りはパッと見9割程度か。季節柄,咳をする人が多かったように思う。

 開演前のアナウンスで,予定していたラヴェルの《クープランの墓》は,ショパンコンクールイヤーにちなみショパンに曲に変更するとのこと。ただし,何の曲かはアナウンスなし。

 

 開演時間になってもなかなかステージに現れず,どうしたんだろう,という雰囲気の中,黄色のシンプルな衣装で登場。椅子の位置を盛んに気にし,弾き始める前にはしばし瞑想するように,しばらく間を置いてから演奏開始。こちらの勝手な思い込みか,前奏曲の冒頭はあれっと思う瞬間があった(気のせいかも)。ラヴェルの3曲は続けて演奏し,一旦ステージから下がる。

 そしてまたしばらく出てくるまで時間があり,クライスレリアーナを弾き始めたが,冒頭から右手と左手のバランスがおかしく,左手(バス)ばかり聞こえて右手があまり聞こえず,メロディーがよく分からなかった。体調が悪いのか,ピアノのせいなのか,音楽堂の音響のせい(慣れてない)なのか,と思っているうちに終了。特に破綻はないが,ずっと左右のバランスは悪いままだった。

 

 後半の開演前にも曲目変更のアナウンスがあったが,やはり何の曲を弾くのかは言わないまま。また,予定より5分ほど遅れてステージに登場。

 後半は,前半と違って左右の手のバランスが悪い感じはなくなっており,特に調子が悪そうな様子はなかった。マズルカの3曲目の最後は,音を慈しむかのように,体を傾けながら音をとても長く伸ばして終わったのが印象に残った。

 ここで一旦ステージから下がるが,またまたなかなか出てこず。登場後も手汗を気にする様子が見られ,やはり体調が悪いのかなと思いながら聞き始めた。何の曲かアナウンスがないままで,時間的にピアノ・ソナタの2番か3番だろうと思っていたが,演奏されたのは3番の方だった。3番の方が好きなのでうれしい曲目変更となった。

 演奏はとても充実していて,体調が悪いのかと思ったのも気のせいだったかと思わせるものだった。華やかな曲想に演奏がマッチしていたと思う。

 

 アンコール前にマイクを持って登場し,寒くなって,調子が悪いですねと繰り返し語りかけていたので,やはり体調が悪かったのだなと思った。それでも,いい演奏会だったと思う。まだ子供が2歳でいろいろ大変なはず。無理しないで演奏活動を続けてほしい。

 

 小林愛実を初めて聴いたのは,2021年10月10日にEテレの「クラシック音楽館 日本のピアノ」で橋本國彦の「三枚の繪」から第3曲「夜曲」を弾いたものだと思う。曲も演奏もとっても素敵で,今は愛聴曲の一つになっている。CDは小川典子のものくらいしかないようだ。小川の演奏は小林のよりテンポが遅めで,やはり初めて聴いた小林の演奏の方がしっくりくる。この曲のために,録画したものをまだ消さないでいるほどだ。3分ほどの短い曲なので,アンコールで弾いてほしかった。

 

 

福島県立医科大学の次期理事長予定者が決定

 昨日,12月4日に,福島県立医科大学の理事長予定者が決定・公示された。

 選考会議の全員一致により,呼吸器外科学講座主任教授の鈴木弘行先生が選ばれたという。関係者一同,安堵したことと思う。

https://www.fmu.ac.jp/about/disclosure/houjin/file/rijichou/kouzi20251204.pdf

 

 3年前の前回,学内の意向投票の結果を無視して現職の竹之下理事長が選ばれるという不透明な選考があり,大きな問題になった。今回は透明性の高い選考を目指した新たな選考方法により初めて,理事長予定者が選ばれたことになる(ただし,候補者が2人だったため,意向投票は行われなかった)。

 前回も書いたとおり,対抗馬は理事長付特命教授兼副学長の挾間章博先生であった。おそらく,竹之下理事長が後継者として送り出した方で,福島県医大との関わりは浅く,しかも基礎系の先生で,学内では特に病院関係者からするとほとんど未知の人物だったはず。挾間先生が選考されていたら,おそらく前回以上の騒ぎになっただろう。

 

 今回は選考委員の名前も明らかにされた。

  委員長 竹石 恭知 副理事長

      大平 弘正 理事(医療・臨床教育担当)

      前原 和平 経営審議会外部委員

      大戸  斉 副学長(管理担当)

      藤森 敬也 医学部長

      前田 邦彦 教育研究審議会外部委員

 

 今回は委員の良識が発揮されたということになるだろうが,外部委員以外の委員は,挾間先生を選んでいたらとても学内(特に病院内)を歩けないことになっていただろう。竹石先生は循環器内科の前病院長,大平先生は消化器内科の現病院長,大戸先生は元輸血・移植免疫学講座(輸血・移植免疫部)教授,藤森先生は産科婦人科で副病院長も務めていた。みんな病院関係者でもある。外部委員2人も医者だ。

 

 いずれにせよ,学内は弘行先生を中心にまとまり,クリーンな大学に生まれ変わっていくと思う。とはいえ,これで竹之下帝国が終焉を迎えるのか。急激には変化しないかもしれないが,竹之下一派は徐々にいなくなるのだろう。まずは竹之下理事長の4月からの処遇が注目される。

 

 

レコード芸術ONLINE創刊から約1年

 昨年10月に創刊された「レコード芸術ONLINE」について,約1年がたったのでいろいろ書こうと思っていたが,今になってしまった。

 

 相変わらず内容が薄い。どうしようもない。

 新譜月評の一部を2人制にするなど,改善しようとしてはいるが,そもそも1枚あたりの文字数が少なすぎるので,2人にしたところで内容の薄さに変わりはない。評価が全体的に甘すぎるのも変わらずだ。

 読者アンケートで誤魔化そうという姿勢も変わらず。そんなの別に読みたくない。どれも面白くない。それよりプロの評論家の良質な批評を読みたい。海外も含めたクラシック音楽業界の最新の情報も知りたい

 唯一まともな記事だった連載3本も最近は息切れしてきたようで,つまらなくなってきた。沼野氏はまだましだが,舩木氏と城所氏はキレやオチがなくなってきている。片手間の仕事になっているのだろうか。

 

 このところずっと古いレコード芸術を読み直しているが,情報量が圧倒的だ。これで1,000円を切っていたのだからすごい。広告の量が半端ないが,無駄な広告がないのは専門誌ならではだった。

 

 最近すごく頭にきているのはサイトへのログインについて。ログイン画面が変わって,ブラウザに情報が保存されていればマウス操作だけでログインできるようになったが,すぐログイン画面にならない。「会員ログインはこちらから」にポインタを当てると「ログイン」か「会員登録」か選ばされ,「ontomo-mag.comにログインします」という画面が出て「次へ」をクリックしないとログインに進まない。しかも,有料会員でログインしているのになぜか「無料会員でログイン中」と表示される。何かの嫌がらせだろうか。

 さらに頭にきているのは,すぐログアウトしてしまうこと。どういうタイミングでログアウトするのか正確には分からないが,ちょっと画面を離れるとすぐログアウトしてしまう。ブラウザを閉じたらもうダメ。Cookieを使っていないのだろうか。今どきこんなサイトはない。不便なことこの上ない。これも嫌がらせだろうか。

 そこでサイトの「お問い合わせ」からご意見申し上げようと思って(編集部の人は知らないのかもしれないから),書いて送信すると「無効なアクセスです」とか「管理者メール送信に失敗しました」と出て送れない

 これらはレコ芸ONLINEの問題というよりはFujisan.co.jpのシステムの問題のようではあるが,これでは読者は離れる一方だろう。じばらく使用できなくなった前科もあるし,そのときの対応もものすごく悪かったので,別なサービスに乗り換えた方がいいと思う。Fujisan.co.jpはダメだ

 

 ということで,最後まで付き合うと宣言していたが,さすがに無駄金を払うのも嫌になってきたので,退会を考えている

 

 

福島県立医科大学の理事長選考がスタート

 3年前に物議を醸した福島県立医科大学の理事長選考がまた始まった。

 新聞によると,理事長付特命教授兼副学長の挾間章博先生と,理事兼副学長兼呼吸器外科学講座主任教授で元病院長の鈴木弘行先生の2人が理事長候補者になったという。

 今回から選考方法が改められ,候補者が2人以下の場合は学内の意向投票は行わないことになった。

 挾間先生は京都大学出身で2017年から福島県医大の教授を務めていた。細胞整理学が専門であり,いわゆる基礎系の先生ということになる。竹之下理事長の下で副学長を務めており,竹之下理事長の後継者ということになるだろう。

 鈴木弘行先生は福島県立医科大学出身で,竹之下理事長(元旧第二外科の教授)とは異なる旧第一外科の出身である。反竹之下派の候補者ということになるだろう。外科医として一流なだけでなく,人格者として知られ,人望が厚い。新型コロナウイルス対策で一番大変なときに病院長を務められた。病院長になる前も,長く副病院長を務めている。

 つまり,竹之下派対反竹之下派の戦いと言ってよい。

 

 今回は候補者が2名なので,意向投票は行われないことになる。意向投票があったら弘行先生が圧勝しただろう。菊地臣一先生以降臨床系の先生が理事長になっており,投票できる人も臨床系の人が圧倒的に多いので,前回の意向投票の結果(反竹之下派の多さ)を見ても間違いないと思う。挾間先生が理事長になったら,竹之下理事長の傀儡になると思われているに違いないから。

 何と言っても,挾間先生は附属病院の経験がない。附属病院は,弘行先生が病院長のときに黒字化を達成したものの,竹石病院長になって再び赤字に転落しており,附属病院の黒字化は最重要課題となっている。弘行先生は附属病院を知り尽くしており人材育成にも精通している。現状で理事長に最もふさわしいというのは衆目の一致するところだろう。附属病院のことを何も知らない挾間先生が理事長になるというのは,病院関係者は到底納得できないはずだ。理事長の仕事は復興予算を集めることよりも,医療人を育成するとともに県民に良質な医療を提供することにある。

 そのような状況の中で,選考委員会がどのような結果を出すのか,とても興味深い。前回の理事長選の反省を踏まえ,外部委員を2人入れることにしたというが,経営審議会及び教育研究審議会の委員であり,竹之下理事長が任命した方ということになる。これで本当に外部委員と言えるのか。このような状況で,本当に透明性のあるみんなが納得できる結果が出せるのだろうか。時期理事長予定者の決定は12月上旬だという。

 日程や選考の規程は大学のホームページに出ている。

https://www.fmu.ac.jp/about/disclosure/houjin/

 

小林研一郎指揮古関裕而のまち「ふくしまチェンバー・オーケストラ」演奏会

2025年11月16日(日)14時開演 福島市音楽堂

 

 古関裕而のまち「ふくしまチェンバー・オーケストラ」11月公演は,小林研一郎指揮によるモーツァルトの《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》とベートーヴェン交響曲第6番《田園》だった。

 小林さんはまだまだお元気そう。

 

 1曲目と2曲目の前,2曲目の後に小林さんのお話があり,2曲目の前後では第1楽章の冒頭などをオケに弾かせながら曲の解説をしてくれた。

 まず,第1楽章のテンポについて,ゆっくりのものと速め(といっても普通)のものを弾かせて,コバケンは遅いテンポですと説明したり,《田園》のCDで他人のを聴いていいと思ったのはないが,自分のCDだけはいいと思うなどと言って笑いを取ったりしていた。

 演奏後も,ブダペスト国際指揮者コンクールで1位を取ったときにくじ引で《田園》を振ることになり,冒頭のところで弱音で弾かせて自分もオケも泣いてしまったといったエピソードを語っていた。

 

 《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》は,ヴァイオリンとヴィオラは立っての演奏。前の方に座っていたので,音が頭の上を飛んでいく感じで,バランスが悪く感じたのが残念。遅めのテンポについていくのが大変だったのか,冒頭アンサンブルが怪しかったが,その後は持ち直していた。第2楽章は聴いたことがないくらい遅いテンポで,慈しむように演奏していたのが印象的だった。

 

 《田園》も第1楽章と第2楽章が特にゆっくりのテンポ。第1楽章と第3楽章の繰り返しはなし。冒頭のお話にあったとおり,トロンボーンティンパニは第3楽章までほとんど出番がない分,第4楽章からは大活躍で,特にトロンボーンとトランペットはいい音を出していた。ホルンがどうしたことか第5楽章冒頭から急に不安定になり,ハラハラしてしまった。木管も一部不安定なところが。弦は,後半は座って弾いていたので美しい音がしっかり届いていた。第5楽章の最後の音を,終わりたくないといった感じで長く伸ばしていたのも印象に残った。

 

 アンコールはなし。

 

 今風ではない個性的な演奏なので,コメントしづらいが,客席は大いに沸いていた。開演前にロビーで関係者らしい人が宣伝が足りなかったというようなことを言っているのが聞こえたが,客の入りは半分強くらいで,もったいなかった。

 

 

東芝VARDIAの罪と罰

 テレビ番組を録画したDVD-Rの多くが再生不能になっていた

 

 以前,まだ録画機の主流がDVDだった頃は,東芝VARDIAシリーズを使っていた。他社にはない強力な編集機能と画質の良さで,とても人気があった。RD-X4→RD-S601→RD-X9と乗り換えて使ってきて,これらを使ってDVD-Rに貴重な番組を録画してきた。ところが,特にRD-S601でDVD-Rに焼いたものの多くが,見られなくなっている

 このところ,2025年問題などと言って,VHS等のビデオテープに録画したものが今年あたりで見られなくなると話題になっている。カビが生えない限り,もっとずっと古いビデオテープが問題なく見れているので,ユーザーの不安を煽っているだけではないかという気もしていた。

 ところが,それよりずっと新しいDVD-Rが全く再生できなくなるという問題が発生しているのだ。

 東芝VARDIAシリーズは,DVDドライブの焼きの甘さやHDDの壊れやすさが指摘されていたので,DVD-Rは国内有名メーカーのものしか買わないようにしていたし,できるだけ日本製を選ぶようにもしていたのだが,とんでもないことになっている。

 DVD-RWDVD-RAMに焼いたものは見られるものが多いのだが,これだけ見られないものが多いとなると,原因はレコーダーにあると思う。

 

 また,RD-X9にはHD Recという,BDに規格競争で敗れたDVD-Rにハイビジョン録画ができる機能があったのだが,これも既に再生できる機械が存在せず,パソコン用のドライブも発売されなかったことから,HD Recで焼いたディスクはただのゴミと化している。

 東芝は,HD DVDとHD RecがBDに敗れた後は,すっぱりこれらをやめ,ユーザーを見殺しにした。この対応の酷さは,ソニーのベータと比べてもとんでもないものだった。その悪行がたたったのか,VARDIAは消滅してREGZAに移行したが,人気は凋落し,既に消滅しかかっている。東芝はAV家電業界から撤退せざるを得なくなり,テレビのREGZAも身売りしたのは周知のとおり。

 ユーザーを大事にしない企業姿勢の見返りだと言ってよい。ここでも大企業の驕りが見られた。

 

 もう東芝の製品は怖くて買えない(買ってない)。

 

 

反田恭平 ザルツブルク音楽祭デビューコンサート

 今日(2025年11月9日)にEテレで,昨日はBSプレミアム4Kで,反田恭平がザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団を弾き振りして8月17日にモーツァルテウム大ホールで開いた演奏会の模様が放送された。

 曲は全てモーツァルトで,交響曲第32番,ピアノ協奏曲第9番《ジュノム》,歌劇《フィガロの結婚》序曲,ピアノ協奏曲第26番《戴冠式》,アンコールでトルコ行進曲,というものだった。

 

 モーツァルトが大好き,指揮がしたい,という思いがかなっての演奏会。聴いた(見た)印象は,思いが強すぎてどうも今一つだった。

 反田のピアノも指揮も大時代的でテンポを揺らしながらの演奏。そのためかリズムがとても重い。今風じゃない演奏スタイル。

 その一方,オケはナチュラルホルン,ナチュラルトランペット,ピリオドスタイルのティンパニを使い,弦のビブラートは控えめ。それなのにフルートは2人とも金属製と,見た目にも変。反田の洗練された現代風のピアノと合わず,中途半端。このスタイルなら,オケもピアノも完全なモダンスタイルで行く方がよかったと思う。

 交響曲と《フィガロの結婚》序曲は特に重く,テンポも遅い。序曲は4分30秒以上かかっていた。それが汚い音の金管と合わない。そもそもモダンオケが金管ティンパニだけピリオド楽器を使うというスタイルが小賢しくて好きでない。

 この演奏会を聴いていて,アンスネスモーツァルトベートーヴェンのCDを思い出した。モダンな最先端の演奏の極地を行くピアノと,中途半端なピリオドスタイルのオケが全く合わず,悲惨な結果になっていた。もっとも,アンスネスは反田ほど思い入れはないようで,ピアノも指揮も軽やかではあったが。

 

 反田自身はとても楽しそうで,演奏にも満足げだったが,演奏としてはアンコールの《トルコ行進曲》が一番よかった。

 反田はまたザルツブルク音楽祭に呼ばれるだろうか。

 大ピアニストかならずしも大指揮者ならず,とならないといいが。