「君たちはどう生きるか」レビュー

 宮崎駿監督の新作アニメ「君たちはどう生きるか」を見た。

 

 宮崎監督が引退を撤回したことは以前聞いていた気がするが,この時期に新作が公開されることは全く知らず,公開初日のニュースで知った。ショートムービーになるという話もあったのではなかったかと思うが,出てきたのは2時間を超える大作だった。

 そこで早速その翌日観ようと映画館を予約したが,19時半頃でガラガラだった。実際に映画館に行くと,6~7割は席が埋まっていたので,やはりニュース等で知った人たちが早速来たのだろうと思った。客の大半は中年で,若い人は少なかった。子供はほとんどいなかった。土曜日でこれなので,既にジブリはおじさん・おばさんのものになってしまったのかと,少し寂しい思いがした。

 ドラえもんの映画公開2日目より圧倒的に客は少なかったと思う。

 

 観ての感想だが,とても評価が難しいなと思った。楽しめたかと聞かれれば,2時間を超える長編を見る間,飽きることはなかったので楽しめたと思う。ただ,意図がよく分からないなと思うところは多かった。

 

 まず,タイトルの「君たちはどう生きるか」だ。

 既に報道されているとおり,吉野源三郎の本とは直接関係ない(らしい。読んだことがないので正確なところは分からない)。主人公の死んだ母親が,主人公にこの本を残した,というシーンはあるが,それ以上のものはないようだ。

 それはいいのだが,本作のストーリーが「君たちはどう生きるか」というタイトルとマッチしていないように思った。どうも哲学的で難しい,大人向けの話なのかと思ってしまうが,実際はそんなことは全くなくて,子供から普通に楽しめるファンタジーものなのだ。タイトルを見て敬遠する人が出てしまうのでは,と心配になった。

 「君たち」とは誰のことを言っているのかも分からなかった。主人公は飽くまで中学生(?)の男の子1人だ。ほかのキャラクターは,重要な役割を持っていても,主人公とは考えられない。なのに,「君たち」とは誰のことを指しているのか,最後まで分からなかったし,今も分からない。観客のことを言っているにしては無理がある。これまでの宮崎監督作品と比べても,それほど哲学的な内容ではないからだ。純化して言えば,突然現れた継母との関係に悩む中学生が,異世界の冒険を通して「お母さん」と呼べるようになるまでの話でしかない。特別,(これから先)「どう生きるか」と問いかけるような内容にもなっていないと思った。

 

 時代設定も必然性が分からなかった。太平洋戦争中という設定なのだが,ストーリーだけから見れば,現代に設定しても全く問題ないと思われる。物語全体が異世界の話だったとしても問題ないくらいだ。

 まあ,この辺は宮崎監督の好みの問題なのだろう。とにかく,何でもいいから戦中の話を作りたかったのだろう。

 タバコを吸うシーンが多く出てくるのもそう。好みというより,ヘビースモーカーの宮崎監督が,社会に反抗したくてわざとやっているのはだろうけど。「風立ちぬ」でも結構批判されたはずだ。タバコ嫌いからすると,それだけで観る気が失せるので,マイナスイメージが強くなるだけで何もいいことはないよと言ってやりたいところ。

 

 事前情報が何もないということで始めから集中して観ることができたと思うが,前置きが長すぎるように思った。そのくせ,背景の説明が不足していて,もやもやした感が残る。主人公の性格描写も足りない気がしたし,疎開先の豪邸(?)が何なのか(父親の実家なのか,母親の実家なのか?何をしている家なのか?など)も謎のままだった。あれだけ使用人を抱えているのだし,使用人たちの前掛けを見ると何か事業をやっているのだろうとは思うが,それが何かは全く分からないままだった。その割にかなりの時間を割いていたので,余計そう思ってしまう。

 

 主人公たちが行く異世界(?)も,そもそも何なのか分からないのはいいとして,出てくるキャラたちは「またか」感が強い。宇宙から落ちてきたというのだから,みんな鳥じゃなくていいんじゃないか。観ていて既視感と違和感がずっとあって落ち着かなかった。ジブリ大好きな人は喜ぶのかもしれないが。この辺りは,ジブリファン向けのサービスと割り切った方がよさそう。

 

 謎は謎のままで,観た者が自由に想像すればよい,ということなのだろう。最近の,何でも辻褄を合わせようとしてつまらなくなっているアニメとは一線を画しているのは間違いない。何でも説明すればいいんじゃないんだ,という宮崎監督のメッセージが込められていると解釈したい。

 

 最後に声優について。専門の声優でなく,俳優や歌手など,いわば素人に近い人を多く起用しているのはここ何作かの宮崎監督の作品と同じ。よほど専門の俳優は嫌なのだろう。確かに,昨今の声優は画一化して個性がないというか,アニメ声を出してればいいみたいなところがあって,気に入らないのは分かる。富野由悠季監督も何かで言っていた気がする。

 ただやはり,素人臭くてどうかなと思うところもある。今回は,「ハウル」の木村拓哉や「風立ちぬ」の庵野秀明のような違和感はなかったが,アニメ監督として専門の声優を育てるという意識があってもいいのではないかと思った。

 

 これからじわじわと観客数は伸びていくと思うが,大ヒットとなるかは疑わしい。80歳を過ぎてこれだけの大作を作り上げた宮崎監督には敬意を表したい。