小澤征爾さん死去

 小澤征爾さんが2月6日に亡くなっていたことがわかった。88歳だった。

 昨年のセイジ・オザワ松本フェスティバルに車椅子に乗って現れた姿を見て,近いうちにこうなるだろうとは思っていたが,とても残念だ。

 あのような姿で人前に現れた指揮者は,前代未聞だろう。ご本人が了解されてのこととは思うが,さらし者にされているようで見るのが辛かった。

 

 日本人指揮者として常にトップを走り続けた小澤さんだったが,晩年は音楽的にも個人的にも幸せそうには見えなかった。

 転機はおそらく,ボストン交響楽団を辞めてウィーン国立歌劇場音楽監督になったときかと思う。病気が続き,思うような活動ができなかったと。大変残念なのは,それ以降のウィーン国立歌劇場ウィーン・フィルとの録音や映像収録がほぼ皆無であること。ちょうどCDが冬の時代に入り,であれば映像収録があってもよさそうなのだが,(少なくとも日本では)テレビ放送すらなく,商品化されたものはほぼない。その後のウェルザー=メストジョルダンも似たような状況ではあるので,小澤さんの問題ではないのまもしれないが,残念極まりない。ウィーン・フィルの凋落もこの頃からと言っていいのではないか。

 

 それでなくても,晩年の小澤さんには謎が多いので,ここでは何も書くまい。

 

 

 小澤さんの指揮したCDの愛聴盤を挙げておく。

 1980年代のものばかりだ。そのころが一番輝いていたと思う。その後(サイトウ・キネンがメインになってから)は,恰幅は良いが・・・というものばかりで,あまり手が出るものはなくなってしまった(メータに似ている,かも)。

 

1 オルフ:カルミナ・ブラーナ ベルリン・フィルほか

  (デッカ(旧フィリップス) UCCD-41037)

  超名演!ジルヴェスターでのDVDもあわせて見たい

 

2 プロコフィエフ:ロメオとジュリエット(全曲) ボストン交響楽団

  (グラモフォン UCCG-4450/1)

  小澤さんの良さが凝縮された演奏だと思う

 

3 ブラームス交響曲第4番ほか サイトウ・キネン・オーケストラ

  (デッカ(旧フィリップス UCCD-50054)

  サイトウ・キネンとの最初の録音

  同時期に演奏・放送されたフランクフルトでの演奏を聴いて(見て),これは本当に凄いと思った

  この熱さが,その後どこかへ行ってしまった(ルツェルン音楽祭もそうだ…)

  フランクフルトでのライヴ映像も復活してほしい!

 

4 マーラー交響曲第4番 ボストン響

  (デッカ(旧フィリップス) UCCD-5106)

  小澤さんの繊細なマーラーに最もふさわしい曲と演奏

  第2楽章のヴァイオリン・ソロは,これが一番好き

 

5 プロコフィエフ交響曲第2番,第7番 ベルリン・フィル

  (グラモフォン UCCG-6100/1)

  ベルリン・フィルのパワーを解放した第2番と,どこか寂しい第7番

 

 

(追記)

 テレビも新聞も雑誌も,小澤さんの記事であふれているが,どれも通り一遍に彼を讃える記事で,ほとんどは中身のない,彼のキャリアや人柄を褒めそやすものばかり。彼の音楽がどんなものだったのかを書いているものはほとんどないのが残念ながら現状である。本来ならば,レコ芸で特集を組んで振り返るのだが,その媒体ももうない。指揮者・小澤征爾という虚像だけが語り継がれていくのだろうか。

 

 そんな中,2月11日の読売新聞に寄稿された井上道義さんの文章だけが異彩を放っている。さすが,小澤さんの後輩で現役の(といえ,既に引退することを発表されている)指揮者・音楽家である。

 とにかく褒めればいいというほかの記事とは一線を画している。もちろん,敬愛する先輩に対する愛情に溢れた文章だが,それだけではない。いきなり単身北朝鮮に行って指揮してしまうなど,話題を振りまく方であるが,その音楽は本物なのは間違いない。

 井上さんの寄稿された文章では,「苦い思い出」として,「若い頃、小沢さんと話をした時のこと。「征爾さんがスクーターでパリまで行った時代と違い、今は飛行機の方が安いんですが、僕はどこに行ったら一番いい勉強ができますか?」とたずねたら、小沢さんが不機嫌になってしまった」というエピソードも紹介されていて面白い。また,「特にオペラの指揮では苦戦していると感じることもあった」,「病を得て指揮する機会が減ってしまった小沢さんにとって、晩年の約20年は、真の意味で「世界のオザワ」としては喜ばしく過ごすことはできなかった……と感じるのは僕だけだろうか」と,おそらくずっと小澤さんの音楽を敬愛して聴いてきた人ならば感じているであろうことをきちんと文章にしてくれている(褒めるだけの新聞記者には書けないことだ)。

 最後に,「残された時間で、僕は小沢さんが切り拓いた道とは違う道を歩んでいる」と結んでいるのも,井上さんらしい。これからどんな活動をされるのだろう。「指揮者ではないですが,引退すると言っては何度も撤回している大人物もいますよ」とお伝えしたい。