レコード芸術2018年11月号~バッハ,バーンスタイン,そしてドビュッシー

 雑誌「レコード芸術」の2018年11月号の特集は「生誕333年 J.S.バッハ演奏の100年」だった。10月号は没後100年のドビュッシー,9月号は生誕100年のバーンスタインを特集。

 これらを読むと,レコード芸術という雑誌の編集方針がよく見えてくる。

 

 まず,バッハ。レコード芸術の読者なら,バッハが何者か,バッハにどんな作品があって,それぞれがどういう曲か,全部分かっていて,何の説明もいらない,という前提で全てが書かれている。

 そもそも,なぜ生誕333年で特集を組むのか。その説明すらない。

 333年というのは確かに3が3つ揃っているわけだが,3という数字にどういう意味があるのか。111年なら,222年なら特集を組むのか。

 と読み進めていくと,答えらしきものは45ページのユニバーサルの「J.S.バッハ新大全集」のページにあった。「キリスト教における三位一体を表わす数字「3」は,ルター派の敬虔な信徒であったバッハにとり重要な意味を持ち,その作品でもいたるところに象徴的に用いられている。それだけに今年のバッハ生誕333年という数字は,なかなかに意味深く感じられるところだ。そのバッハ生誕333年を記念してユニバーサルミュージックより登場する『J.S.バッハ新大全集』は,・・・」とのこと。

 さて,そのバッハは,今年が生誕333年なので引き算すればいつ生まれたのかは分かるが,この特集のどこを読んでも何年に死んだのかは分からない。

 簡単な略年表すらないのだ。

 いつどこで生まれ,何をした人なのか。どんな作品をつくったのか。どんな人物だったのか,そういうことに一切触れないまま,ひたすら100年にわたるバッハの録音の特徴についての記述が並ぶ。

 なので,取り上げられている曲,例えばブランデンブルク協奏曲がどんな曲なのかもほぼ説明がない。

 バッハにまつわるエピソードのようなものもない。

 はっきり言って,こんなの読んでも全然面白くも何ともない。

 唯一,読む価値があると思ったのは,鈴木雅明さんのインタビューだけである。

 

 以前はもっとマシだったと思うのだが,このところのレコード芸術の「特集」はみんなこの調子である。

 

 10月号のドビュッシーも然り。

 生没年すら書いていない。もちろん,没後100年の特集なので,1918年に亡くなったのであろうことは分かるが,それ以上のこの作曲家に関する情報は皆無。ドビュッシーはいろいろとエピソードにこと欠かない人物であったようだが,何もない。どこで生まれ,どうして死んだのかも分からない。何を考えて,何を目指して作曲したのか,そんなことも勿論書いてない。

 取り上げている作品については,バッハに比べるといろいろ書かれているが,内容は各著者に任されており,情報量や内容はバラバラ。

 この特集では,「ドビュッシーとフランス音楽」ということでフランス音楽についてもジャンルごとに書かれているのだが,切り口は新しくよかったものの,やはりそれぞれが勝手に書いていて,ドビュッシーとの関係もほとんど触れられておらず,何だかよく分からない中途半端な内容になってしまっていた。

 

 9月号のバーンスタインの場合は,バッハやドビュッシーに比べると作曲した作品の知名度は圧倒的に低いので,一応年表もあるし,作品リストもある。

 しかしやはり,バーンスタインの作品とバーンスタインが指揮したもののディスクの紹介ばかりで,バーンスタインという人がどういう人物だったのか,ということにはほとんど触れられていない。

 この点は,11月号で長木誠司さんの「ディスク遊歩人」,片山杜秀さん&満津岡信育の「View points」に興味深い記述があり,ここで書かれているような内容こそ特集で採り上げてほしかったと思う。これらの記事では,出自,性的嗜好,父親との関係,政治などについて触れられているが,これらはバーンスタインを語る上で欠かせないことで,それが特集では無視されているようだと,何のための特集なのか,何を知らせたい特集なのか,と疑問だらけになる。

 

 それにしても,レコード芸術の,特に「特集」はなぜいつもこうなのかと思う。まず,素人には何のことだかさっぱり分からず,非常に敷居が高い(あるいは逆に内容が薄すぎるということかもしれない)。素人でなくても,短い情報の羅列で,内容がほとんど頭に残らないし,そもそも全然面白くない。

 これでは,読者離れを加速させるだけだし,新しい読者の獲得は難しいと思う。

 なぜ,レコード芸術は,作曲家や演奏家の人間的な部分をあえて無視するような記事ばかり載せるのだろう。それが高踏的だとでも思っているのだろうか。

 

 

 長くなったが,もう一つ,11月号を読んでいて気になったことがあるので,書いておく。

 163ページにSACD再発売録音評があり,SACDの聴き比べができるくらいSACDも普及してきたのかと感慨深いものを感じたのだが,ワーナーの3点については,シングルレイヤーで,しかも以前にもシングルレイヤーでも出ていたことがあり,それとの比較記事になっている。

 同じSACDのシングルレイヤーで,新たにリマスタリングしたのかどうかも分からないままただ比較していて,聴いて違いはあるようなのだが,本当に違いがあるのか,根拠がはっきりしない記事になっている。

 最近は,各メーカーとも,どういうマスターを使っているのか,はっきり明記しないまま再発売している例が多い。

 音質向上をうたって再発売される場合,大きく言って2パターンある。

 1つは,新たにマスタリングし直した場合で,これは,かつては素人でも分かるくらいはっきりとした差が出ることが多かった。しかし最近は,違いがわずかで,聴き比べてもよく分からないくらいのことも多くなってしまった。それでもマスタリングし直したと言われれば,違いは必ずあるのだろうと思ってしまう。

 もう1つは,ディスクのフォーマットや素材が違うもの。例えばSHM-CDだとかHQCDとか,あるいはSACDでもシングルレイヤーかデュアルレイヤーか,といった違い。これは,マスタリングの違いに比べると,素人には非常に分かりにくい。

 レコード芸術でも「リマスタリング鑑定団」などで聴き比べを盛んにやっているが,はっきり言って,何百万もするシステムを専用のリスニングルームで聴くわけでもないのに,違いが分かるのかははなはだ疑問。しかも,今はPCでリッピングしてから聴くことが多いので,ディスクの違いは影響しなくなってしまうのではないか,との疑問が常にある。なので,お気に入りの演奏がSHM-CD化された,緑盤になった,などと言われても,リマスタリングし直しましたというのに比べて,手が出にくい。

 さらに,最近大量に発売されているBOXセットでは,どういうマスターを使用したのか,何も書いてないことが多い。まさか古いマスターを使う必要はないので,その時点で最新のマスターを使ったのだと信じたいが,ドイツ・グラモフォンなんど,その辺の情報が全くなく,各CDごとのカップリングや曲順を考えると,古いマスターを使っているのではと疑いたくなる場合もあって,うかつに手を出していいのか,悩ましい場合も多くなってきている。

 

 レコード芸術のような専門誌には,一般人には分からないこの辺の事情をよく取材した上で記事を書いてほしいのだが,「聴き比べれば分かるでしょ」というスタンスなのか,ほとんどそういう情報を載せてはくれない。これは非常に不親切だ。実際に聴き比べなんてできる人は,業界関係者でもなければいないと思う。

 レコード会社も,音質向上の努力をしているのであれば,情報は積極的に出してほしい。国内盤は比較的マシだが,輸入盤となると,お手上げなのが現状。

 となると,どうせよく分からないんだから買わない方がいいよ,という判断になってしまうのだが。