福島県立医科大学の次期理事長予定者の選考結果が波紋を呼んでいる。
今年度末で理事長の任期が満了するため,現職の竹之下誠一氏(71)と副理事で整形外科主任教授の紺野慎一氏(65)が候補者となっていた。複数の理事長候補者による意向投票が行われるのは,福島県立医大が法人化された2006年以降初めてだという。
1月13日に意向投票と選考会議が行われ,役員や助手以上の専任教員らを対象に行われた意向投票では紺野氏492票に対し竹之下氏が268票と惨敗したが,選考会議では意向投票の結果に反し,現職の竹之下氏が選出された。
選考会議における選考理由は明らかにされていないが,新聞記事(1月14日福島民報)によると,東日本大震災と福島第一原発事故発生後の県内医療の再生,新型コロナウイルス感染症対応,病院経営をリードしてきた手腕を評価し,続投の声が上がったとみられるという。誰か大学の関係者が,取材に対してそう答えたのだろう。また,得票数で決める規則はないのだそう。
福島県立医大の理事長の任命については,定款第10条に規定があり,
・理事長の任命は,法人の申出に基づき,知事が行う。
・法人の申出は,大学の学長となる法人の理事長を選考するため設置される機関(理事長選考会議)の選考に基づき行う。
・理事長選考会議は,委員6人で組織する合議体とし,理事長選考会議の委員は,経営審議会において選出された者及び教育研究審議会において選出された者の各同数をもって充てる。
・理事長選考会議に議長を置き,委員の互選によってこれを定める。
・理事長選考会議の議事の手続その他理事長選考会議に関し必要な事項は,議長が理事長選考会議に諮って定める。
とされている。
意向投票については,定款には規定がない。おそらく,何らかの法人の規程に定めがあるのだと思うが,大学のホームページからは確認できなかった。
今回の選考委員の名前は,明らかにされていないようだ。しかし,経営審議会と教育研究審議会の委員は理事長(=学長)が指名するため,全員現理事長の息のかかった人なわけで,現理事長が立候補する限り,意向投票の結果がどうであれ,それ以外の候補者を選考することはほとんど考えられないということになる。つまり,定款の規定自体に欠陥があると言わざるを得ない。
さらに,ここが非常に重要だが,新聞記事(1月14日福島民友新聞)によると,理事長の任期は,本来最長で2期6年までのところ,震災,原発事故後10年間に就任した理事長に限り,3期9年までとされているというのだ。つまり,本来であれば,竹之下理事長は今期で退任しなければならなかったのである。ちなみに,前任の菊地理事長も,この規定により3期9年務めている。
選考結果については,SNSでも選考結果がおかしいと波紋を呼んでいる。単におかしいとか,民主主義の否定とかいう意見で,選考方法の問題点の本質的なことを述べているものはないようだ。
投稿しているのは県内の医者が多いが,こうした人たちは,なぜ圧倒的に強いはずの現職が負けたのか,何か噂で聞いているのではないか。しかし,そういった投稿もないようだ。
マスコミは,選考会議翌日の1月14日に地元2紙(福島民報,福島民友新聞)が報じていたが,結果がおかしいという論調は全くなかった。
マスコミがきちんと書くべきだ,と思っていたところ,今日(1月22日)の読売新聞地方版に,「県立医大理事長再任 なぜ」と題して,教職員が「選考が不透明」と声を上げはじめていることの記事が掲載されていた。これからさらに広がるだろうか。
いずれにせよ,我々外部の人間は福島県立医大の中がどうなっているのか全然分からないのだから,マスコミがきちんと取材して記事にすべきだ。単なる多選批判なのか,紺野教授待望論が強かったのか,それとも,竹之下理事長に何か重大な問題があるのか。
一方,県内で勤務している医師を名乗る人物が,change.orgというサイトで「福島県立医科大学の理事長選出選考の不公平について」と題してオンライン署名を集めている。
提出先は医大か県を検討しているとのことで,「具体的に、福島県立医科大学に対しては選考理由の説明、選考会議メンバーの公表を求めます。福島県知事には、学内民意が蔑ろにされた選出結果が出たことに対してどのように判断するのかを理事長を正式に任命する前にコメントいただいて、可能であれば理事長選のやり直しを福島県立医科大学へ指導することを求めます。」ということだが,どうもポイントがずれているようで,どのくらい集まるかは不透明だ。これを書いている時点では500を超えたようであるが。
今後は,来年度に向けて知事が任命することになるが,このような事態になっていることへの説明責任が知事にあるのは言うまでもない。
定款の規定でそうなっている以上,竹之下氏を任命するのだろうが,規定がそうなっているからというだけでは済まされない。定款を作ったのは福島県なのだから。
こうなった元々の原因は,知事が震災の特例で3期まで任期を延ばせるようにしたことにあると思う。その当時の知事が内堀氏だったかどうかは分からないが,少なくとも副知事にはいたはずだ。菊地前理事長については分からないでもないが,その後の理事長まで恩恵を受けるような規定にしたのはなぜなのか。このような問題が起きたのも,身から出た錆としか言いようがない。
【追記】
1月23日の毎日新聞朝刊福島版(有料記事)に,「福島県立医大理事長選 倍の得票覆り3選「選考過程が不透明」の声」と題して詳しい記事が出ていた。
前日の読売新聞よりもしっかり書かれていて,手続的な問題点は網羅されている。何が起きて何が問題なのかということは,この記事を読めばほぼ全て理解できるだろう。
しかしやはり,なぜ圧倒的に有利なはずの現職があのような大敗を喫したのかということについての取材や分析はなく,そこは物足りない。これから更に取材を重ねて,明らかにしてほしい。
選考過程の問題ももちろん重要だが,なぜ竹之下理事長が教職員による投票で惨敗したのか,福島県立医大で今何が起きているのか,を明らかにすることが一番重要なはずだ。
【追記】
内堀知事は,1月23日の定例記者会見で本件についてコメントした。毎日新聞によると,「選考は大学が自ら行うもの」「学内の選考会議で次期理事長予定者が選出された。県としては関係法令に従い対応する」と述べたという。
例によって主体性の全くないコメントである。
既に大学から県に対し現職の3選が決まった旨の申出書が提出されており,3月下旬に任命するという。
つまり,本人が辞退するなどして大学から取下げがない限り,県知事としてはそのまま任命するつもりだということだ。
このまま何もしないで放置して,「関係法令に従い」機械的に任命するつもりなのだろう。竹之下氏に鈴を付けるつもりはないようだ。そのうち騒動は収まると,高をくくっているように見える。さて,どうなるか。
【追記】
1月26日の河北新報の朝刊に「福島県立医大理事長選 現職再任の選考過程に疑問の声」としてこの件の記事が掲載された。
一方,地元の福島民報と福島民友はいまだこの問題を取り上げていない。朝日新聞もなぜか知らぬ存ぜぬである。
オンライン署名は,これを書いている時点で900人を超えたところ。どうも伸び悩んでいるように思う。「福島県立医科大学の理事長選出選考の不公平について」という意味不明でズレたタイトルのせいではないか。タイトルはとても重要だ。
この問題の本質は,なぜ圧倒的に強いはずの現職理事長が大差で負けたのか,つまり,なぜ福島医大の教職員は竹之下氏にNoを突きつけたのか,ということで,そこを知りたいのだが,新聞もSNSもそのことを問題にしているのは皆無である。このままだと,竹之下氏の問題ではなく,問題ないと発信している福島医大の事務局の問題になってしまう。
【追記】
医師の上昌広氏がBusiness Journalに「福島県立医科大、医療事故を「問題なし」…いわき市へ医師3名派遣で3億円受領」と題して理事長選に関して記事を書いている。
内容は,紺野教授の整形外科で起きた医療事故とその対応,さらにいわき市への医師派遣の問題についてである。記事では「K教授」と書いているが,紺野教授のことであることは明らかだ。誰でもちょっと調べればすぐ分かるのに,あえて現時点で「K教授」としているのには何か意味があるのだろうか。
それはともかく,上氏は,この問題を挙げて,「教職員は、このことを知らないのだろうか。それとも、それを知って,K教授を推したのだろうか」「マスコミも問題だ。彼らは、果たしてちゃんと取材したのだろうか。選考委員にインタビューすれば、背景を解説してくれたはずだ」「双方から言い分を聞けば、今回の人事は教職員の暴走を選考委員が押しとどめたと、誰も考えるだろう」と述べている。
しかし,そのそも選考委員は明らかにされておらず,インタビューは不可能だ。だいたい,選考委員は全員竹之下氏の息のかかった人たちである。上氏は今回の問題の本質を全く理解していないと思わざるを得ない。今回の意向投票の結果は,紺野教授を選んだというよりも,竹之下氏に「No!」を突き付けたということのはずだからだ。上記記事の内容も,その頃,竹之下氏は紺野教授の上司に当たる立場にいたわけで,知らぬ存ぜぬでは済まされないのだが,そのことは無視している。
なぜ教職員が竹之下氏に「No!」を突き付けたのかは,近いうちに明らかになるだろう。そのとき上氏はどう反応するのだろうか。
それにしても,「教職員の暴走」とは,福島医大の教職員に対して失礼極まりない。大学の内情を何も分からない外部の人間が,よくそんなことを言えたものだ。竹之下氏と個人的に何かあるのだろうか。
【追記】
福島県議会議員(日本共産党)の宮本しづえ氏のブログに「23日、不透明な福島医大理事長選出について、自由で開かれた福島医大を願い関係者から話を伺いました」と題して本件のことが書かれているのが分かった。
医大の職員から県議会議員全員に話を聴いてほしいとの要望が出されたので,話を聴いたのだという。
内容は宮本議員のブログを見ていただきたいが,ここでもやはり手続論に終始しており,なぜ教職員が竹之下氏に「No」を突き付けたのかは,何も書いていない。医大の関係者は御存知なのだろうが,一般県民はそこが知りたいのだ。上氏が言うように震災後実績を上げてきた現職理事長が大差で負ける,ということ自体が極めて異常なわけで,そこには深い理由があるはずだ。
県議会議員全員に要望が出されたということは,共産党以外の議員も聴いている可能性がある。少なくとも,医大の臨床検査技師出身の紺野長人議員(県民連合)は,内情をよく御存知のはずだ。ということで,紺野議員の公式サイトを見てみたが,何もなかった。紺野議員は既に,今期での引退を表明している。これから2月議会に向けて,何か動きはあるだろうか。注目していきたい。
【追記】
福島県立医大の学内向け広報誌「FMU NEWS Letter Vol.10」に,竹之下氏が次期理事長予定者に選出されたとの記事が掲載されているのが分かった。
記事では,「本学は、1月13日(金)、理事長選考会議を開き、次期理事長予定者として、竹之下誠一現理事長を選出しました。」「任期は2 0 2 3 年4月1日から3年間となります。」と書かれているが,意向投票の結果や県知事が任命することについては一切触れていない。もう任命されたかのような書きぶりだ。これを見た教職員の方たちはどう思っているだろうか。