坂本龍一さん死去

 坂本龍一さんが2023年3月28日にがんで死去していたことが,4月2日に報じられた。

 長くがんと闘病中だったことは知られていたのでそれほどは驚かなかったが,それでも,今年に入ってから「関ジャム完全燃SHOW」や「題名のない音楽会」にコメントを寄せられたりしていたし,新しいアルバム『12』も発売されたので,そんなに早く亡くなるとは思っていなかった。

 1月に高橋幸宏さんが亡くなったばかりで,その時の扱いと比べるとメディアでの取り上げ方は大きく違い,さすが「世界の坂本」だと思った(アーティストとしては幸宏さんの方が好きだったので,複雑だったが)。

 

 YMOのメンバーの中では,坂本さんは一番苦手だった。というか,怖かった。

 それは,最初に見たYMOの番組が,1983年12月31日にNHKで放送された「YMOスペシャル」で,その時の印象が強烈に残っていたからだ。

 この番組では,散開コンサートの合間にメンバーそれぞれのミニコーナーがあって,得体の知れない面白いおじさんの細野晴臣伊武雅刀との掛け合いが最高),おしゃれで一番まともに見える高橋幸宏に対して,坂本さんはデヴィッド・ボウイ樋口可南子それぞれとの対談という面白くないものだった。しかも,どちらも暗いところで難しい話を難しい顔でしており,何を言っているのかさっぱり分からなかった。樋口可南子とは最後に爆笑して終わるのだが,それも何が面白いのか全然分からず,かえって怖さが増幅するだけだった。散開コンサートの映像でも,一人だけ化粧をしていて,それも怖かった。

 

 そんな坂本さんは,「世界の坂本」として,特に「作曲家」として高名なわけだが,それでは「彼の代表曲は?」と聞かれても,あまり思い浮かばない。自分は知っていても,一般に知られているだろうと思われる曲を挙げようとすると,「Merry Christmas Mr.Lawrence」と「energy flow」くらいしか思い浮かばないのだ。ネットでも話題になったように,テレビの追悼コーナーで幸宏さんの「RYDEEN」がかけられてしまうのも,それが理由なのだろう。

 いくら「BEHIND THE MASK」が多くの有名ミュージシャンにカバーされたといっても,日本では曲自体はそれほど知られていないと思う。YMOの曲では「TECHNOPOLIS」が一番知られているかと思うが,最近はあまり聴かない。

 映画「ラストエンペラー」でアカデミー賞作曲賞を取ったといっても,「ラストエンペラー」の音楽を知っている人はどれだけいるだろうか。

 近年では,作曲家としてよりも,社会活動や教育活動での方が知られるようになっていたと思う。それは,テレビでの取り上げられ方を見ても明らかだ。どの番組を見ても,作曲家としての業績よりも社会活動の話題の方がはるかに多く時間が取られていた。

 これは,これだけ有名な作曲家なのに,非常に注目すべきことだ。

 

 その答えが,片山杜秀さんの本の中にあった。

 10年以上前の2010年に,片山さんがMUSIC BIRDの番組「片山杜秀パンドラの箱」第1回で取り上げたのが坂本龍一だった。「坂本龍一井上ひさし」と題したこのときの放送は,その後書籍化され,アルテスパブリッシングから「片山杜秀の本6 ラジオ・カタヤマ【予兆篇】 現代政治と現代音楽」として出ている。

 その中で片山さんは,この頃初演された坂本さんの「箏とオーケスラのための協奏曲」を取り上げながら坂本さんの音楽について語っている。

 まず,「坂本龍一は日本を代表する著名な作曲家として誰でも知っている人ですが、誰でも知っているメロディをたくさん作っているかというと、ややネガティブな言い方になるかもしれませんが、そんなにたくさんはないと、少なくとも私の印象では思います。誰でも知っているような曲をそんなにたくさん書いていないのにもかかわらず、日本を代表する作曲家・音楽家として誰でも知っているいちばん有名な人になっているというところに、坂本龍一という人の不思議があるといえると思います」と,実は曲をあまり知られていないことをズバリ指摘し,さらに「ポスト・モダンだとかなんとかいっても、やっぱりわれわれは芸術家にいつの時代でも個性的な表現というものを求めがちです。でも、坂本龍一の場合はそうではなく、「教授」というあだ名にすでに表れているように、ある種の感性的な個性よりも、理性や説明能力のほうに、あるいは処理能力のほうに秀でたキャラクターだということになります」と続け,「坂本龍一というタレントは、「無個性な音楽の作り手」としての個性を表している」,「いままでの、個性的な表現がどうしたとか、タレントがどうしたとかという視点から音楽や作品や芸術を批評する態度とはまったく違う場所に、坂本龍一は行っちゃってるんだなと感じました」とまとめている。

 10年以上前の論評だが,亡くなった今でも,全くそのとおりだと思う。さすが片山さんであり,亡くなった後のメディアでの報道や解説でも,このような指摘はなかったのではないか(全てに目を通したわけではないのはもちろんだが)。ここで引用したのは片山さんの坂本龍一論のごく一部なので,坂本龍一さんに関心のある方は是非全文を読んでほしい。

 なので,坂本さんが亡くなった今,改めて片山さんの坂本龍一論を聞きたいところである(探したところでは,見当たらなかった)。

 

 ということで,残念ながら,坂本龍一さんは,作曲家としてよりも,別な側面で語り継がれていく可能性が高いのではないかと思っている。

 最新作『12』も,その前の『async』も,坂本さんの代表作として広く聴かれるアルバムとはならないだろう。自分の音楽生活のどこかに常に坂本さんがいたと思うと,複雑な気持ちになる。