水の反映

 ドビュッシーの《映像》第1集の第1曲は,一般的に〈水の反映〉または〈水に映る影〉と訳されている。この曲は,ドビュッシーの曲の中でも特に好きな曲で,5本の指に入ると言ってよい。したがってよく聴くのだが,〈水の反映〉というタイトルにはずっと違和感があった。

 違和感というより,意味不明感とでも言った方がいいだろう。皆さん,〈水の反映〉と言われて意味が通じるのだろうか。〈水に映る影〉なら分かる。しかし,〈水の反映〉というのは,日本語としてもおかしいのではないか。

 

 音楽之友社レコード芸術やその別冊など)では〈水の反映〉を使っている。なので,自然と〈水の反映〉を多く見かけることになる。ただし,音楽之友社から出ている「作曲家◎人と作品シリーズ ドビュッシー」(松橋麻利著)では〈水に映る影〉を使っている。

 ドビュッシーの研究者としても有名な青柳いづみこさんも〈水の反映〉だ(「ドビュッシーとの散歩」中公文庫 118ページ参照)。

 レコード会社はどうか。ドイツ・グラモフォンは混乱している。ベネデッティ・ミケランジェリ盤では〈水に映る影〉,チョ・ソンジン盤では〈水の反映〉としている(いずれも,ホームページでの表記)。

 NHKは〈水に映る影〉を使っているようだ。直近では,BS4Kでこの5月に放送された小川典子のリサイタルでの表記がそう。2010年放送の「名曲探偵アマデウス」でも,〈水に映る影〉としていた。

 

 〈水の反映〉がおかしいと感じる理由は,水「の」反映としているからだと思う。

 「反映」とは,辞書では次のように説明されている(一部を抜粋)。

広辞苑 第七版】

①光が反射して像ができること。
②色などがうつりあって美しさを増すこと。「夕日が湖に―する」

 

大辞林4.0】

①光や色が反射してうつること。「木々の緑が湖面に―する」
②色や光が互いにうつり合って,美しくはえること。

 

大辞泉(8)】

1 光や色などが反射して光って見えること。「夕日が雪山に―する」
2 対照的に色がうつり合って美しさを増すこと。「壁と床(ゆか)の色が面白く―し合っている」

 

明鏡国語辞典 第二版】

①光や色が反射してうつること。また、うつすこと。「夕日が川面に━する」
②光や色がうつり合って、輝きを増すこと。
「もろ肌を脱いで石鹼で磨き上げた皮膚がぴかついて黒縮緬(ちりめん)の羽織と━している〈漱石〉」

新明解国語辞典 第七版】

(一)<どこ・なにニ反映する>
何かの光を受けた面が(その光を映して)光って見えること。
〔反射と同義で使うことも まれではない〕
「夕日が△雪山(窓・池)に反映する」
(二)<なにニ反映する>
他の色との取り合わせがよくて、その色が一段と美しく見えること。

 

三省堂国語辞典 第七版】

①〔文〕反射して目に見えること。
「夕日が━する」

 

日本国語大辞典 精選版】

① 光や色が反射して光って見えること。
② 色などがうつりあって美しさや輝きなどを増すこと。

 

以上を見れば明らかだと思うが,新明解にははっきりと書いてある。つまり「何に」が必要なのに,〈水の反映〉だとそれがないのだ。

 ドビュッシーは,あえて「○○が」を明らかにしていないと思われるので,具体的なものを書けないのは当然だと思う。

 しかし,「反映」という言葉を使う以上,「○○が水に反映する」としないといけないのにそうなっておらず,かつ,「の」がどういう意味で使われているのかがはっきりしない。そのまま読めば,「水が何かに反映する」としか読めない。これでは意味不明となるに決まっている。

 

 一方,〈水に映る影〉はどうか。

 ここでポイントになるのは,「影」だろう。通常使われる,「物体が光をさえぎったとき、光と反対側にできる黒い形」(明鏡国語辞典 第二版)の意味では使えないのは明らか。もう一つの意味である「光の反射で、水面などにうつる物の形。「池にうつる山の━」」(同)のことであれば,十分意味は通る。

 もちろん,ほかの辞書にも同じような説明がある。これならよく分かる。

 別に,〈水の反映〉に比べて(言葉として)何かが劣るという感じはしない。

 

 ところで,この曲は元々フランス語で「Reflets dans l'eau」という名前である。フランス語は分からないのだが,プログレッシブ仏和辞典第2版によると,「reflet」とは,「(鏡,水などに映る)影,像」とある。

 まさに,〈水に映る影〉そのままではないか。

 

 

 今回改めて調べてみて,〈水の反映〉と書いてあるのを見ると今まで以上に気持ち悪くなるようになってしまった。頭の中で〈水に映る影〉と変換して読むしかない。

 

 

 ちなみに,音楽之友社から出ている「作曲家別 名曲解説 ライブラリー⑩ ドビュッシー」の〈水の反映〉の解説(村井範子)には,こう書いてある。「繊細なアルペッジョの美しさは,絵画的に光と陰とにつながり,水の反映が輝き,かつゆれ動く詩的な情緒をつたえる。急速な動きをもって流れる楽句は,水に映る細かな波のささやきまでも表現している

 「水反映が輝」くとは,どういうことなのだろうか。