ツィメルマンとラトルのベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集

 半年以上前から一部の楽章が先行配信されていた,クリスティアン・ツィメルマンサイモン・ラトルによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集がようやく全曲発売された(グラモフォン UCCG-45005/7)。

 

 先行配信のときから気になっていたが,ラトルの指揮(ロンドン交響楽団)のクセが強く,全体の出来が心配だったが,予想どおりであった。

 ツィメルマンのピアノはいつもどおり,透徹したピアニスティックな演奏で,文字通り「完璧」なのだが,ラトルの方は,ツィメルマンと全然合っておらず,とても残念な結果になっている。

 まず,テンポが合っていない。おおむね急速楽章でそうなのだが,速めのテンポのツィメルマンに対して,ラトルの方はダラダラしており,特に第4番の第3楽章はひどい。

 次に,ラトルのクセというか体臭とでもいうか,いわゆるドイツ風の演奏とは違う感覚の演奏に非常に違和感を感じる。これは,曲によってはバーミンガム時代から感じることがあったのだが,ベルリン・フィルウィーン・フィルだとあえてラトル逆らっていた(あるいはラトルが遠慮していた)のでそこまで気にならなかったものだ。しかし,ロンドン交響楽団に行ってからは遠慮無用にやりたい放題になっている。

 例えば,通常はメロディーラインなので強めに弾かせるパートをわざと弱く弾かせて伴奏だったり対旋律を強調するやり方がある。これは,うまくはまると効果的なこともあるが,ラトルが好んでやる箇所というのがすごく違和感のあるところばかりだったりする。

 あとは,これもよくラトルがやるのだが,通常音をはっきり区切って演奏するところをつなげて演奏する箇所がある。不良がダラダラ歩いているような雰囲気があって,すごく気持ち悪いのだ。

 その他,とにかく違和感だらけの演奏なのだ。ウィーン・フィルと録音したブレンデルとのものや,ベルリン・フィルと録音した内田光子とのものではここまで違和感はない。

 ラトルのクセとは別に,録音風景の写真を見ると,新型コロナのせいで奏者どうしの間隔をものすごく広くとっていおり,左右も奥行きもあり得ないような配置になっている。弦楽器もかなり少ない人数のようだ。

 何とかマイクセッティングでごまかそうとしたのだろうが,やはりどうにもならず,スカスカの奇妙なバランスになってしまっている。弦(特にヴァイオリン)が少ないのもはっきり分かり,第一ヴァイオリンの弾くメロディラインが弱々しくなってしまい,とてもバランスが悪い。

 

 それにしても,録音に慎重なツィメルマンがこの演奏の発売をよく認めたものだと思う。

 ベルリン・フィルと録音したブラームスのピアノ協奏曲第1番はかなりいい演奏だったので期待したが,大変残念な結果になってしまった。グラモフォンだったら,ほかの指揮者とベルリン・フィルを使うこともできたのではないか。