ネルソンス指揮ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲全集

 アンドリス・ネルソンスウィーン・フィルを指揮したベートーヴェン交響曲全集が発売された(ドイツ・グラモフォン UCCG-40091/5)。

 国内盤はMQA/UHQCD(第1番~第5番,第9番(24bit/176.4kHz),第6番~第8番(24bit/96kHz))で,輸入盤は通常のCDとブルーレイオーディオ(24bit/96kHz)のセット。

 ブルーレイオーディオは,再生が面倒だし,パソコンでリッピングできない(特殊なソフトを使えばできるが)ので,将来性を考えてもMQA-CDの方が有利だと思うが,値段が全然違うので,輸入盤を購入した。

 まだ全部は聴いていないのだが,現時点での感想を。

 

 まず,このチクルスは,2016年1月の第3番《英雄》から始まるはずだった。

https://www.universal-music.co.jp/andris-nelsons/news/2016-05-23_news02/

 このときの演奏会の感想は既に書いたが,その時はあまりいい印象は持たず,期待できないなと思ったのだが,発売されたCDでは,この時の演奏ではなく,2019年4月に新たに録音されたものが収録された。

 その辺りのことはユニバーサルのHPを見ても書いてないし,レコード芸術の11月号の記事でも全く触れられていない。

 大々的に発表したのだから,理由が知りたいところだ。

 なお,ユニバーサルのHPをはじめ,ライヴ収録と表示されているが,少なくとも録り直しとなった第3番はライヴではない。その時期に演奏会をやっていないからだ。ほかの曲も,演奏会に合わせて収録されているが,ノイズはほぼ皆無であり,スタジオ収録に近いと思われる(ティーレマンの全集とは違う。ティーレマンのは結構会場ノイズが大きかった)。

 

 ざっくり言うと,予想に反して,全体としては気に入った。

 HIP系の演奏でなく,ベーレンライター版でもない。

 両端楽章とスケルツォは元気がいいが,だからといってものすごく速いテンポで突っ走るわけではない。緩徐楽章は遅め。じっくり,こってりという感じ。音を長めに取るので,せわしない感じがないのがいい。

 だからといって,ティーレマンとは違い,中身は濃いように感じた。

 全体にバスが強めで,再生環境によってはうるさいくらいに感じることもあった。

 そして何より特徴的なのは,ホルンをかなり豪快に鳴らしているところ。ウィンナ・ホルン好きにはたまらないだろう。第九が特に印象的で,1987年のアバドとの来日公演を彷彿とさせるところがある(あれほどすごくはないが)。ウィーン・フィルの音が好きで,それを聴かせたいんだな,と思わせる演奏だ。ただ,どうせならもっと決然と鳴らしてほしいと思ったところもあって,だらしない感じがするところもあった。

 もう一つ気になるのは,ときどき力みすぎて流れが悪いところがあるところ。この人のクセだろう。

 今どきの演奏にしては珍しいこととして,リピートを省いている楽章があることも挙げられる。《田園》の第1楽章,第7番の第1楽章と第4楽章,第九の第2楽章でリピートをしていない。特に《田園》の第1楽章は珍しい。

 

 楽譜のことはよく分からないが,ベーレンライター版でないのは聴いていて明らかで,ほかには次のような特徴があった。

 まず,有名な《英雄》の第1楽章の終わり近くのところは,トランペットに旋律を吹かせている。2016年のライヴでは1回目だけ最後まで吹かせて,2回目は吹かせないというやり方だったが,CDでは2回とも吹かせている。

 問題の多い第九は,第1楽章の第2主題のフルートとオーボエはBフラット(ブライトコプフ版),第2楽章では控えめだがホルンで補強しているように聞こえる,第4楽章のホルンのリズムは旧来通り,といったところ。また,レコード芸術11月号の「最新盤レヴュー」で松平敬氏が指摘しているとおり,最後の音でピッコロの音を1オクターブ上げている。これはアバドの1996年盤でもやっている。ネルソンスは,第九の最後の方で随分ピッコロを強調しているし,第5番の第4楽章でも同じようにかなりピッコロを強調させているので,ピッコロが好きなのだろう(下品に聴こえるのだが)。

 そのほか,詳しくはレコード芸術の12月号の月評で金子建志先生が解説してくれるだろう。

 

 いち音楽ファンとしては楽しめたが,スタイル的に評論家泣かせの全集になるのではないかと思う。もっとも,ティーレマンほど否定的な意見も出ないようには思うが。