原発事故による損害と損害賠償による代位-財物賠償による所有権の移転の問題-(3)

原発事故の財物賠償における賠償者代位の現状

 自分はいわゆる財物賠償をもらえる所には住んでいなかったので、避難者と東京電力の間で実際にどのような手続が行われているのか、正確なところは分からない。
 今回、公開されている資料で調べた範囲で、情報を整理しておきたい。

1 中間指針第二次追補
 これは、平成24年3月16日に原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)が公表した「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針第二次追補(政府による避難区域等の見直し等に係る損害について)」というもので、ここでいわゆる財物賠償についての考え方が示されている。
 この中間指針第二次追補では、「帰還困難区域内の不動産に係る財物価値については、本件事故発生直前の価値を基準として本件事故により100パーセント減少(全損)したものと推認することができるものとする」として、原賠審の立場上か分りにくい言い方になっているが、要するに、帰還困難区域の不動産についてはその価額の全部について損害賠償を支払うべきあるとの方針が示されている。
 一方、居住制限区域内及び避難指示解除準備区域については、「避難指示解除までの期間等を考慮して、本件事故発生直前の価値を基準として本件事故により一定程度減少したものと推認することができるものとする」としており、これだけではよく分からないのだが、実際には後述のとおり6年で全損扱いすることとされており、平成29年3月11日以降に避難指示が解除されれば全損扱いされることになっている。今のところ、川俣町と飯舘村の居住制限区域内及び避難指示解除準備区域が、全損扱いになると決まっている。


2 中間指針第二次追補Q&A集
 これは、文部科学省の原賠審関係のサイトに掲載されているもので、作成者は明記されていないが、原賠審がまとめたものと思われる。
 その中に、「問13.帰還困難区域における不動産価値が全額賠償された場合、所有権は東京電力株式会社に移転するのか。」という問いがあり、その答えは、「2.特段の取り決めをせずに不動産の価値の全額の賠償を受けた場合、不動産の所有権は賠償を支払った者(東京電力株式会社)に移転するのが原則です(民法第422条:損害賠償による代位)が、賠償に当たり事前に当事者間で話し合いを行うことによって所有権が移転するかどうかを決めることが可能と考えられます。」とある。
 つまり、原賠審は、民法422条の類推適用及びその任意規定性を認めているということである。したがって、東京電力と避難者の間できちんと契約を交わせば、無条件に所有権を避難者に残すことが可能との見解である。任意規定と解すべきかどうかには疑問もあるが、このとおりにきちんと当事者間で契約しておけば、中間貯蔵施設用地等での二重取りの問題はあるが、少なくとも、後になって避難者側から所有権が東京電力にあることを主張してくるといったトラブルはほぼ発生しないはずである。しかし、そうなっているのかどうか。つまり、きちんとした手続で「賠償に当たり事前に当事者間で話し合いを行うことによって所有権が移転するかどうかを決め」ているのかどうか。


3 東京電力の説明
 避難者に送付されている書類は手に入らないので、公表されている(インターネットで手に入る)手がかりから東京電力の説明内容を探ってみたい。

まず、東京電力が平成25年3月29日にプレスリリースした「宅地・建物・借地権等の賠償に係るご請求手続きの開始について」において、「*5 避難指示解除までの期間に応じた価値の減少分を算出するため、当社事故発生時から避難指示の解除見込み時期までの月数を分子(1月未満の日数については、1月とさせていただきます)、72ヶ月を分母として算定した数値。ただし、算定した結果が1を超える場合、避難指示期間割合は1とさせていただきます。また、避難指示解除の見込み時期について、事前に決定がない場合、居住制限区域は36/72、避難指示解除準備区域は24/72を標準とさせていただきます。なお、宅地・建物につきましては、事故発生当時の価値を全額賠償した後も、原則として、引き続きご請求者さまにご所有いただきますが、避難指示解除までの間は、公共の用に供する場合等を除き第三者への譲渡を制限すること等についてご承諾をお願いいたします。」との記載がある。
 ここでは3つのことを言っており、まず、①72か月、すなわち6年で全損扱いにするということ。次に、②全額賠償した後も東京電力が所有権を取得する意思がないこと、そして、③避難指示解除までの間は譲渡制限することに承諾を求めていること、の3点である。
 ここで問題にしているのは②なのでそこに話を絞るが、これだけでは何のことやらさっぱり分からない。

次に、平成25年3月に経済産業省が出した「新しい賠償基準について(避難指示区域内から避難されている方々へのご説明資料)」(平成25年3月)がある。これによると、宅地・住宅(建物)について、「東京電力は、宅地・住宅(建物)の賠償について、以下の事項を公表しています。」として、「なお、宅地・住宅(建物)は、全額賠償した後も、原則として所有権の移転は求めませんが、避難指示が解除され、一般的な土地取引が開始されるまでは、相続や公的な用地買収を除く、第三者への譲渡、転売等を控えていただく必要があります。」との記載がある。おそらく、前記東京電力のプレスリリースを受けて書いているのだろうが、所有権については言い回しが東京電力のものと異なるのが気になる。

 もう一つ、「司法書士菅波佳子のブログ」の平成25年4月9日の記事でこの問題を扱っており、この方は東京電力から避難者に送られた請求関係書類の現物を御覧になっているようなのだが、そこで、「東京電力(加害者)が一律に所有権を住民に残す扱いとしています。」と書いている。しかし、記載はこれだけで、請求関係書類に具体的にどのように書いているのかはっきりしないので、正確なところはよく分からない。
 現物を見てこのように書かれているので、少なくとも、東京電力が一方的に所有権はいらないと言っているだけで、避難者に所有権の取扱いの判断を委ねるような記載にはなっていないのではないかと思われる。このような対応で十分とは到底思えない。
 仮に、上記の程度の説明しかないのであれば、後々、所有権がいらないと考える方から、東京電力ときちんと合意していないことを理由に所有権が東京電力に移ったと主張されたり、あるいは東京電力から十分な説明を受けておらず重大な錯誤があるので和解契約は無効だと主張されれば、東京電力に勝ち目はないのではないか。


4 原賠審の見解
 原賠審の議事録はインターネットで公表されているが、財物賠償の基準を決めるに当たって賠償者代位の問題を検討した形跡は見られなかった。
 その代わり、財物賠償の指針を出した後、いわゆる住居確保損害について審議する中で、この問題が一部の委員から取り上げられている。
 平成25年12月26日の第39回原子力損害賠償紛争審査会において、大谷委員が、「賠償者の代位の問題を解決しないでこれを結論付けていいのか」と問題提起している。これに対して、能見委員長(当時)は、「賠償を受けたときに、賠償者の方に所有権が移転するのか、それとも、賠償を受けた被災者に所有権が残るのかという問題については、何度か御議論いただきましたけれども、審査会としては、この問題について、どちらの立場を取るというわけでもなく、その点は実は余りもう深入りはしないということでございます。」、「この賠償者の代位というのが、今までは全損賠償しないと代位は生じないというふうに考えていたけれども、本当はいろんな考え方はあり得て、一部賠償しても割合的に移転するという考え方もあり得るかもしれないので、代位の問題というのは、ここの審査会では立ち入ることができない問題ですよね。」と発言し、原賠審ではこの問題を議論しないこととした。
 しかし、賠償者代位の問題は、財物賠償の前提として非常に重要な問題であり、この問題を放置したまま議論を進めるというのは余りにも無責任ではないか。もちろん、法解釈あるいは立法に関わる内容であり、原賠審の結論が全てではないが、少なくとも明確に問題提起すべきであった。
 能見委員長は、割合的移転の考え方についても触れているが、物については一部賠償があっても一部代位は生じないと一般に解されており、そうだとすると割合的移転というのはあり得ない。民法の大家である能見委員長が知らないはずはなく、あえてこの話を出して議論を避けているのには、何か政治的な意図を感じざるを得ない。


5 福島県議会全員協議会
 これも、財物賠償ではなく、住居確保損害の際の議論であるが、平成26年8月18日の福島県議会全員協議会において、勅使河原議員が「確認のために聞くが、居住制限区域、避難指示解除準備区域に家を持つ避難者が、移住することが合理的と認められて賠償を受けたとき、賠償者に所有権が移転するのか、賠償を受けても割合分所有権が残るのか。賠償者の代位の考え方について聞く。」と質問している。
 これに対して、資源エネルギー庁原子力損害対応総合調整官は、「一般則ではあるが、民法第422条に「全損賠償した場合には所有権が代位する」旨の規定がある。しかし実際は、第四次追補以前の財物賠償について、東京電力(株)が全損賠償を行う場合でも所有権は取得していない。したがって、もともとの財物賠償の段階でも、東京電力㈱は所有権を取得することなく、本人に残したまま賠償している。(中略)今回の第四次追補に基づく賠償においても所有権を取得する予定はない。」、また、居住制限区域及び避難指示解除準備区域についても、「解除見込み時期は4~5年となっているが、財物賠償は6年で全損となっている。そのため、仮に居住制限区域の年数が延びて6年となった場合、全損の賠償金額となる。ただ、所有権の代位については、帰還困難区域と同様、行う予定はない。」と回答している。
 避難者との合意が必要であるという大原則を無視し、東京電力のやり方をそのまま追認しただけの、無責任な回答である。


6 ADR事例
 原発被災者弁護団・和解事例集Ⅰに、大熊町での建物の事例として、「損害賠償による代位(民法422条)を考慮し現在の価値をその5%と見積もり、これを控除した約1340万円の内払いを提案し和解成立」という事例がある。
 おそらくこれは東京電力による財物賠償が始まる前の事例であると思われるが、既にこのような事例があったということである。
しかし、その後、賠償者代位を考慮して和解した事例は掲載されていない。この弁護団の弁護士たちは、この問題をどう考えているのだろうか。何も問題ないというのだろうか。

 また、福島県弁護士会原子力発電所事故被害者救済支援センター運営委員会が公表している「原子力損害賠償紛争解決センター和解事例の分析Ver.2」(平成25年8月19日)には、「和解事例をみると、実質的に使用不能となった機器、資材、棚卸資産等が財物損害とされており(中略)あえて、財物の所有権留保条項を付記している事例も認められる(和解事例200、403)。」との記載があるが、それ以上の説明はない。


7 その他
 インターネットで調べた範囲で、この件に関する法曹関係者の意見はどうか。
 見つけた中では、法的な観点からまともにこの問題を取り上げているのは、中所克博弁護士のツイッターの発言だけであった。簡単ではあるが、ここで主な論点はほぼ取り上げられている。中所弁護士は、「やはり「所有権は東電に移らず被害者のもの」を原則としたうえ、所有権を欲しない被害者との間では個別対応するというのが合理的だと思う」とおっしゃるが、理論的には、先に述べたとおり、代位を原則としないと(東京電力に所有権が移るのを原則としないと)現行の法体系との整合性は取れなくなると思う。
 また、最後に、「私は、交換価値の金銭評価分を払っただけでは不動産賠償の全額を賠償したことにならないと考える」とお書きになっている。すなわち、全額支払ったという前提を覆すわけである。この考え方は当然あると思うし、魅力的である。私も、更に理論的な整理は必要だが、最後はそこに行きつくような気はする。
 しかし、国と東京電力は絶対にこの考え方は認めない(全額支払っていないことになってしまうので、当然である)だろうし、今後この問題を巡って問題が生じるとすると、所有権が東京電力に移ったことを主張する避難者の方から起こされることになると思われるが、その方たちは全額支払われたとしたいので、この考え方はとらないだろう。

 もう一つは、前述の菅波司法書士のブログがある。ここではいろいろな材料が提供されていて、今回非常に参考にさせてもらったので、一度御覧いただきたいが、残念ながら、疑問点が並べられているだけで、筆者の法的な観点からの見解は示されておらず、法律家の書かれたものとしては突込みが甘く残念である。
 なお、同ブログには、菅波氏の所属する福島県司法書士会の宣伝があるが、同会のホームページにある「財物(土地・建物・家財等)と東電賠償Q&A」にはこの代位の問題は全く取り上げられておらず、こちらも期待外れで残念である。

 それにしても、法曹関係者がこの問題を取り上げているのがたったこれだけとは。