この2か月ほど,アシュケナージが録音した協奏曲のCDばかりずっと聴いていた。
英デッカからCD46枚組+DVD2枚組のボックスセットが出て(4831752),発売と同時に買ったのだが,不良品が入っていることが分かったので,ほかにもないか,全部丁寧に聴くはめになったからである。
普段だと,これだけの量のセットだと,一気には聴かず,ダラダラと時間をかけて聴くのだが,そうはいかなかった。
結局,明らかにおかしいのが3枚あり,今,交換の手配をしてもらっている。
明らかにおかしいのは3枚だけだったが(といっても,3枚もおかしいというのは,普通はまずないことだ),ほかにもノイズが気になるものがたくさんあって驚いた。
会場ノイズでなく,電気的なノイズと思われるノイズが目立った。それも,80年代以降のデジタル録音のものでも結構あった。旧盤と聴き比べてみて,同じようにノイズが出ていたのもあった(ハイティンクとのラフマニノフ)ので,CDが不良品なのではなく,マスターをつくる過程での問題だと思われる。
また,デッカの録音が鮮明なためか,会場ノイズも目立つ気がした。
アシュケナージは,NHK交響楽団の音楽監督を務めたりと,日本ではなじみの深い音楽家であるが,指揮者としては見る機会が多かったが,ピアノを弾く姿は意外にほとんど見たことがない。
今回のBOXセットでは,1974年のベルナルト・ハイティンクとのベートーヴェン/ピアノ協奏曲全曲演奏のDVDが付いており,貴重だ。もっとも,アシュケナージの弾く姿はそれほど印象に残らず,当時45歳にしては異様に老けたハイティンクの姿の方が印象に残った。髪が薄いというのが一番だが,それだけでない。今時,あんな45歳はあまりいないと思う。
今回のアシュケナージのCDを聴いての印象,というかアシュケナージの特徴として思ったのは,①名曲主義,②全集主義,③100点主義,の3点である。
「名曲主義」については,録音されたレパートリーが超有名曲に偏っているということ。これは珍しいなという曲は,プレヴィンのピアノ協奏曲ぐらいか。もっともこれはアシュケナージのために書かれた曲ということなので,他の曲と同列には語れない。
強いて言えば,スクリャービンのピアノ協奏曲が比較的珍しいかもしれない。
まず聴いたことのない作曲家の作品というのは,1つもない。今回の全集に入っている曲の作曲家を並べてみると(収録順),ラフマニノフ,チャイコフスキー,バッハ,ショパン,ブラームス,モーツァルト,スクリャービン,ベートーヴェン,プロコフィエフ,シューマン,バルトーク,プレヴィン,グラズノフ,フランクとクラシック音楽好きなら知らない人のいない名前ばかり。
逆に有名曲なのに録音していないのは,ハイドン以前のものは別にすると,グリーグ,リスト,ラヴェルぐらいか。サン=サーンス,ショスタコーヴィチもない。
「全集主義」については,複数のピアノ協奏曲を作曲した作曲家のもので,全曲を録音していないのは,バッハとチャイコフスキーだけ。
アシュケナージのレパートリーからみてバッハは特殊なので,実質的にはチャイコフスキーだけと言っていい。そのチャイコフスキーも,第2番と第3番はあまり演奏されないので,意外と言えるほどのものではない。
面白いのは,何度も録音しているものと,ある時期に集中的に録音していないもの。
何度も録音しているのは,ラフマニノフとベートーヴェン。全集ではないがモーツァルトも。
たいていは長くても数年の間に全曲録音しているのだが,ショパンは,第2番を1965年に録音していながら,第1番は引き振りで1997年に録音するまで,ずっと録音していなかった。
また,意外と再録音が少ない。先に挙げた3人以外では,ブラームスの2番を2回録音しているだけ。
ショパンの2番やチャイコフスキーの1番など,初期に録音したきり再録音していないというのは,かなり意外な感じがする。
何度も録音しているラフマニノフとベートーヴェンだが,演奏の違いは,アシュケナージというより協演者の違いが大きいように思う。
ラフマニノフの全集の指揮をしているのはプレヴィンとハイティンクだが,プレヴィンの方が上手だと思う。より緩やかなテンポで,表情豊かであり,盛り上げるところは力強く鳴らしている。一方のハイティンクは,速いテンポで直線的。ひたすら真っ直ぐという感じ。また,オーケストラもプレヴィンのロンドン交響楽団の方が上手いと思う。コンセルトヘボウの方は,新しいし会場のよさもあって録音はずっとよいが,管楽器はあまり上手くない。
ベートーヴェンは,ショルティとのものはオケの演奏も録音も雑。勢いはあるが,ゴリゴリしていて,ほかのCDとは色合いが違うように思う。アシュケナージは相変わらずだが。メータとのものは,アシュケナージの演奏はうっとりするほど美しいし,ウィーン・フィルの音もやはり美しいが,メータの表現はひたすらぬるい。弦楽器中心で管や打楽器を強調しないし,ただただ弦を綺麗に鳴らすだけ。これがウィーン・フィルでなければ,聴くのはかなり辛いと思う。これを聴くと,メータがベートーヴェンの交響曲を録音しない理由が分かるような気がする。録音しない,というより,周囲も録音しろと言わないのだろう。クリーヴランド管との弾き振りだけはちょと毛色が違う。かなり自由に弾いている感じがして興味深い。ただし,クリーヴランド管の音は固すぎてダメだと思う。
「100点主義」については,どの演奏も模範的でどんな細かい音もきちっと最高の美音で鳴らしており,まさに100点満点の演奏。エキセントリックな解釈とも無縁。それでいてつまらないということはない。しかし,部分的に,あるいは曲によって120点の表現を狙うということはない。
そのためだろう,名曲名盤○○みたいなもので,アシュケナージの録音が1位になることは少ないように思う。
しかし,こうしてまとめて聴くと,どの曲の演奏ももやはり凄いと思う。
最近はN響を振る機会も減っていて,忘れられつつあるような感じもするが,ナメてはいけない。大音楽家である。
商品自体の特徴をまとめておく。
しっかりした装丁の箱に入っていて,おそらく初出時のものを基本に,CDは紙ジャケットに入っている。デザインも初出時のものだろう。2枚組のものは2枚組の仕様,3枚組のものは3枚組の仕様になっているので,特に3枚組のものは非常に取り出しにくい。
紙ジャケットはつや消しの固い紙で,そのせいか印刷の色が薄い。かなり薄く見える。これは残念だ。
ブックレットもしっかりした装丁で,データ類もきちんと書かれている。モーツァルトの協奏曲は,誰のカデンツァかも記載がある。
今回のBOX化に際してリマスタリングがされているのかと思ったが,残念ながら,新たにリマスタリングされたものではなかった。1970年~71年録音のラフマニノフの全集だけは2013年か2014年のリマスタリング(日本のユニバーサルのHPでは2013年とあり,ブックレットにはP2014年とある)で,ほかは初CD化したときのままのようだ。中には1960年代のラフマニノフのように,ORIGINALSシリーズでリマスタリングされたのもあるわけだが,記載が何もないので,今回どのマスターが使われたのかは分からない。
聴いた感じでも,前記のハイティンクとのラフマニノフように,初期のCDと同じマスターを使っているようで,いただけない。
今回初出のものがあって,1974年にロンドン交響楽団を弾き振りしたモーツァルトのピアノ協奏曲第23番は,これまでリリースされたことがなかったと書いてある。ということで,非常に貴重なものということになる。同じCDに入っている第21番も,2003年にGreat Piano ConcertosというBOXセット(473 601-2)のボーナスCDとして出たことがあっただけで単売されたことはないので,貴重な音源だ。
不良品が入っていたのは別として,全体として丁寧につくられているだけに,音質の改善がされていないのはとても残念である。
今後,リマスタリングされたセットが出たりしたら,かなりショックである。