原発事故による損害と損害賠償による代位-財物賠償による所有権の移転の問題-(2)

民法の規定

 不法行為により物が毀損され、加害者が損害賠償としてその全額を被害者に支払った場合のその物の権利(所有権等)については、民法に明文の規定はない。
 一方、債務不履行の場合には、民法422条に規定があり、債務者がその物について当然に債権者に代位するとされている(賠償者代位)。代位というと分かりづらいが、要するに、代わって権利等を取得するということだ。例えば、Aという人が10万円の腕時計をBという人に寄託して(預けて)いたが、Bがその腕時計を失くしてしまった場合、Bが損害賠償として10万円をAに支払うと、その腕時計の所有権はBに移転し、その腕時計が後から発見されても、Aに返還する必要はない、ということである。

 (損害賠償による代位)
第422条 債権者が、損害賠償として、その債権の目的である物又は権利の価額の全部の支払を受けたときは、債務者は、その物又は権利について当然に債権者に代位する。

 学説では、民法422条は不法行為にも類推適用されるというのが通説である。例えば、Aという人が過失によりBという人の200万円の自動車を修理不能なまでに壊してしまい、Bに損害賠償として200万円を支払えば、その自動車の所有権はAに移転する、ということである。

 民法422条が不法行為にも類推適用されることについては、被害者と加害者の間の公平の観点から妥当と考えられる。これは、被害者が賠償金を二重に利得することは許されないという考え方であり、「利得禁止の原則」とも言う。
 判例は、会社設立において発起人の重過失により設立無効の判決を受けた事例で、発起人が株式引受人に対して払込株式金額相当額を損害賠償として支払った場合に、傍論ではあるが、清算後の残余財産分配請求権について発起人が民法422条に準じて代位するとしたものがある(大審院昭和14年12月23日判決)。この判例が物を含めた不法行為一般について類推適用を認めたものかどうかは必ずしも明らかでないが、類推適用されないという理由は特段ないものと思われる。

 以上を原発事故に当てはめると、土地や建物などの財物全額について(全損扱いとして)損害賠償を受けた場合は、所有権は当然に東京電力に移ることになる。


 次に、不法行為民法422条が類推適用されるとして、それが強行規定任意規定かという問題がある。
 任意規定であれば、当事者間で民法422条の規定に反する取決めをしても有効であるから、両者の合意により所有権を被害者側に残すことも可能であるが、強行規定だとするとそうはいかなくなる。
 この点について、調べた限りではどちらだという見解は見当たらなかった。物が毀損された場合、その物に一般の市場価値はなくなっても、債権者(被害者)にとっては特別なものであり、一方債務者(加害者)にとっては全く不要なものであることもある。このような場合には、所有権を債権者側に残す(代位しない)こととしても、公平の観点からも特段問題は生じないであろう。
 したがって、不法行為民法422条を類推適用する場合にも、この規定を任意規定と解し、ただし、民法422条に反する合意の内容が公序良俗に反すると認められる場合は、その合意は無効であると解することができると思われる。
 あるいは、原則として強行規定と解すべきであるが、それが公序良俗に反しないものである場合には民法422条に反する合意も有効であるという考え方もあり得る。
 どちらの場合でも、民法422条に反する合意が認められる場合の一つの基準としては、毀損された物の市場価値がゼロかほとんどないということが考えられるが、前者の説をとれば広く、後者の説をとれば狭く解釈すべきということになる。


 以上は一般論だが、原発事故の場合の、特に土地については非常に難しい問題が生じる。いや、すでに生じている。
 例えば、避難区域において、避難者に帰還する意思がある場合はどうか。帰還するということは、全損扱いで全額について損害賠償したとしても、実際には利用可能なのであるから、市場価値が全くないとは言いがたい。しかし、原発事故のような事例において、帰還したいという住民に対し、市場価値があるから民法422条に反する合意は無効だとするのは妥当とは言いがたい。帰還する意向があるのであれば代位しないことを認められるべきではないか。しかし、実際に帰還されるのであればよいが、結局は帰還しないで第三者に売却したようなときには、二重取りの問題が起きる。「そのときは帰るつもりだった」と言われればそれまでだが、それでよいか。
 実際、中間貯蔵施設などの公共用地としての買収が予定されている地域においては、現にこの問題が発生している。表だって大きな問題にはなっていないようだが、例えば平成27年10月19日の福島民報の記事「賠償の底流-東京電力福島第一原発事故 第5部 財物(34) 一方的な基準疑問 手続きの法制化必要」では、大熊町の住民の話として、「二重取りとやっかむ人がいることは知っている」との話を載せている。
 財物賠償の金額や中間貯蔵施設の買収額は話題になるが、この二重取りの問題はほとんど表に出ず、議論もされていない。なぜだろうか。不可解極まりない。それほどアンタッチャブルな話なのだろうか。

 民法422条は、債権者に二重取りを許さないための規定であると考えられるので、現実的には二重取りを認めないと公共用地の取得(財物賠償も)が進まないという事情があるのだと思うが、法律論的には非常に問題だと思う。
 これを現状のように解釈論だけで片付けるのは無理なのではないか。やはり、原発事故に限っては、立法的に解決しないといけない問題だと思う。中間貯蔵施設用地の財源は国民の税金のはずである。東京電力の賠償金を充てているのだろうか(環境省の除染の対象となっていない河川などから出た廃棄物や土を中間貯蔵施設に搬入するには東京電力の了解がないとできないという話を聞いたことがあるが)。ろくな議論もせず、曖昧なまま(おそらく)税金が使われ続けるのは問題である。既に財物賠償の支払も、公共用地の買収も進んでおり、直ちに何とかしないと、後々とんでもないことになると思う。