原発事故による損害と損害賠償による代位-財物賠償による所有権の移転の問題-(1)

はじめに

 東日本大震災による東京電力原子力発電所事故で自宅が帰還困難区域とされ、避難させられた方が、「もう帰るつもりはないので、土地と建物を国で買い上げてほしい」と言っているのを聞いた。今後、固定資産税が課税されるようになれば(今は免除されている)、払わないといけなくなるからだという。
 固定資産税だけでなく、相続税もあるだろうし、何かの拍子に工作物責任を問われることだってあるかもしれない。もう帰らないと決めた方にとっては、不良資産でしかないだろう。国は、帰還困難区域について、今年の8月に、復興拠点や主要道路など限られた所以外は除染しないと決めたので、尚更である。この方のおっしゃることはよく分かる。

 しかし、国がというのは、税金でということなので、それはおかしいのでは。やはり東京電力にやってもらわないと。
 と、ここまで考えて、はっと思った。この方は既に東京電力から賠償金をもらっているのではないか。東京電力は、財物賠償(聞き慣れない言葉だ)と称して、土地や建物などについても既に賠償を行っているはずだ。ADRや裁判をやっていて決着がついていないなら別だが、そうでないならば、帰還困難区域の場合、土地・建物は全損扱いでその価額の全額を賠償されているはずだ。もちろん、東京電力による評価額が低すぎるという声はあるが、一応、東京電力としては合理的に見積もった金額で賠償しているということになっている。
 ということは、賠償金を全額もらった時点で、所有権は東京電力に移っているのではないか。

 民法では、不法行為原発事故による被害は、「不法行為」に当たると考えられている)について、損害を受けた物の全額が賠償されたときに、その物の所有権等がどうなるかについて、規定を置いていない。
 一方、債務不履行における損害賠償については、民法422条に規定があり、「債権者が、損害賠償として、その債権の目的である物又は権利の価額の全部の支払を受けたときは、債務者は、その物又は権利について当然に債権者に代位する。」とされている。
 通説では(判例はないのだろう)、民法422条の規定は、不法行為の場合に類推適用されると解されている。すなわち、他人の物を壊したりして、その物の価額の全額を損害賠償として支払えば、その物の所有権は当然に加害者に移るということだ。
 以上は、民法をかじったことのある人なら、誰でも知っている話である。
 ということはつまり、東京電力から全損扱いで財物賠償を受けた物(土地・建物など)については、当然に東京電力に所有権が移転するということになる。

 冒頭に述べた方が、国で買い上げるようにと言っているということは、こういうことになっているということを知らないということだろう。なぜこのような大事なことを知らないのか。不思議でならない。
 そして、財物賠償が適切に行われれば、帰還困難区域の民有地は全部東京電力のものになってしまうということだ。これはこれで恐ろしい話ではある。

 そこでまたふと疑問が。帰還困難区域の一部では、中間貯蔵施設の建設用地として国が土地の買収を進めている。ほかにも、公共用地として買収されているところはあるだろう。新聞報道等によれば、国(環境省)は、元の所有者(住民)から買収しているはずだ。
 これは、無権利者から購入しているということにはならないのか。
 住民は、東京電力から財物賠償として賠償金をもらい、さらに、国に売却すれば売却代金がもらえるということになる。これはまたおかしい話だ。こういうことのないように、民法422条が類推適用されることになっているはずだ。

 気になったので調べてみたが、国、原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)、東京電力弁護士会などの公表されている資料を読んでも、どうもはっきりしない。
 自分自身は財物賠償はもらっていないので、住民と東京電力の間でどういうことになっているのかは、はっきりしたことは分からない。
 調べれば調べるほど、頭がもやもやしてくる。何か怪しいし、おかしい。

 これから、この問題について、少ない資料を基に考えていきたいと思う。